連載「地域ブランドの作り方」成功のための12のハードル  ~その9.地域ブランドづくりにとって大切な「ネーミング」 ~名前がついていますか、それで魅力が伝わりますか~

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

連載「地域ブランドの作り方」成功のための12のハードル  ~その9.地域ブランドづくりにとって大切な「ネーミング」 ~名前がついていますか、それで魅力が伝わりますか~
人気となっている「SATOYAMA EXPERIENCE(里山体験)」

外国人にも伝わるネーミングを考えたい

 観光地域づくりにおいても、ネーミングは重要なポイントになります。この連載の5回目にご紹介した飛騨古川の(株)美ら地球(ちゅらぼし)のプログラムで、観光客に人気になっているのは「里山サイクリング」というガイド付きのツアーです。

 具体的な内容は、古川の山間地域の水田が広がる風景の中を、高級な自転車に乗り、ガイドがついてサイクリングするプログラムです。ポイントは、里山の暮らしを自転車に乗って観て楽しんでもらう点にあります。人気になっているインバウンドの外国人に向けては、次のようなネーミングでプログラムを紹介しています。それは、「SATOYAMA EXPERIENCE」「Discover the Japanese Countryside」と、里山体験に加え、「日本のカントリーサイドを発見する」というキャプションをつけてプログラムを表記し、HPを通じて販売しています。サイクリングではなく「里山体験+日本の田舎発見」と名前が付けられている点が重要なのです。

 上記の写真にあるような、山間地域の水田や水路を中心に自転車でサイクリングするプログラムを「SATOYAMA EXPERIENCE(里山体験)」し、「日本のカントリーの暮らしを見つけよう」というネーミングで魅力的に伝え人気となっているのです。

 言い換えると、飛騨古川地域は山間地の里山文化に魅力があり、その魅力を体験してもらう旅として里山の水田をサイクリングするコトが位置付けられ、「里山エクスペアリアンス」として外国人に向け発信し人気となっているのです。

 飛騨古川の事例のように、日本語が通じない外国人には言葉の表記がとりわけ重要になります。外国人に向けた地域ブランディングの文脈でネーミングを捉えると、日本固有の文化や地域の魅力をどのように表現するかが重要になってきます。

 例えば、観光コンテンツとして人気の「温泉」、これをどう表記・表現するか。これを単純に翻訳すると「HOTSPRING」あるいは「SPA」となります。しかし、このままの翻訳で英語表記をしてしまうと、日本固有の文化としての温泉の魅力は伝わらないでしょう。日本という地域をブランディングの視点で見た時に、日本文化の魅力の一つである温泉文化をどのように伝えるか、英語表記では欧米のHOTSPRING施設をイメージしてしまうので、そのままでは魅力が伝わらないのです。

 実際に、世界遺産熊野古道の観光地域づくりにおいて、この点が問題となりました。この地域のDMOである(一社)熊野ツーリズムビューローでは、熊野古道に来ていただく欧米豪の観光客の方々に、熊野の魅力ある温泉文化を楽しんでいただき満足していただくために、どのような表記が良いかについて慎重に検討されたと聞きました。

 結果的に選ばれた表記は「ONSEN」です。温泉は、日本独自の文化として示すため、欧米文化のHOTSPRINGという表記ではなく、そのまま温泉という言葉を用いたそうです。この検討を始めた平成18年、この地域にある温泉への道路表記は「HOTSPRING、SPA、ONSEN」が混在していたと聞きました。具体的に欧米の旅行者の目線でこの表記を見ると、全く違った三つの施設があると捉えられてしまいます。そこで、どのような名前が良いか、欧米の目線で見た時に日本文化としての魅力を伝えるためには「ONSEN」でなくては駄目だと、強い意志を持ってこの表記を採用したそうです。

 このことはその後、和歌山県熊野地域の道路表記だけでなく、全国の温泉施設についても平成26年国土交通省によって「ONSEN」として統一することにつながりました。

 これは、ONSENというネーミングの裏側に日本固有の温泉文化を掛け算し、外国人に魅力を伝えることにつながったと言うことなのです。

 ネーミングにおいて、重要なことは一言で魅力が伝わること。そして、その背景に地域の魅力が込められていることなのです。地域には、地域固有の歴史や文化、風土性などの優位性が必ずあるものです。地域ブランドづくりにおいて、このような地域固有の優位性を「ネーミング」に込めて伝えることが何より重要なのです。

 先述の世界遺産熊野古道では、平成16年に世界遺産登録がされた当時、観光地域としては「熊野」はあまり知られていませんでした。むしろ、ただの山道として熊野古道は見られていました。当時観光客が来ていた有名な周辺地域は、「高野山、熊野本宮大社、那智の滝、白浜温泉」などでした。その中で、世界遺産として登録されたことを機に、あえて「熊野」という地域呼称を使い観光地域づくりを進めたのです。

  実は、熊野古道の世界遺産登録の正式名称は「紀伊半島の霊場と参詣道」と表記されています。どこにも「熊野」は出てこないのです。しかし、古くから「蟻の熊野詣で」と称されたように、日本人には文化的に魅力ある地域呼称として有名でした。この歴史・文化背景を活かし、「巡礼の道」として魅力を造成することで熊野は外国人にとって人気のディスティネーションとして評価されるようになりました。

  当時、ただの山道として認識されていた資源を、「熊野」という歴史や文化を背景にした名前を使うことによって地域ブランドとして育ててきたと言って良いでしょう。すなわち、「熊野」という地域呼称を通じて巡礼の道という文化的魅力が評価され人気となっているのです。これは、今後の地域ブランドづくりに重要な示唆を与えてくれています。

 地域名を使ったネーミングにおいて、安易に行政区画の呼称を使うのではなく、かと言って高野や白浜などすでに有名な呼称に頼るのでもなく、地域の遺伝子レベルで魅力を体現する地域名を探し出し、価値を生み出す中心に据えるネーミングが成功への王道であることを示しているのです。

連載「地域ブランドの作り方」成功のための12のハードル  ~その9.地域ブランドづくりにとって大切な「ネーミング」 ~名前がついていますか、それで魅力が伝わりますか~
熊野大社を望む古道からの風景

<連載第1~8回はこちら>
 その1.市場競争」の中でブランディング事業を行うということ
 
その2.ブランディング、なぜ必要?「目的の共有とブランド定義づくり」のハードル
 
その3.あいまいな「ブランディング成果」というハードル
 
その4.「地域らしさ」の共有ハードル、地域ブランドづくりで大切なのは魅力ある地域らしさ
 
その5. 先進事例に倣うなら、「モノマネ」より「コトマネ」で、というハードル
 
その6. 地域ブランドづくりにとって役に立つ「マーケティング」という大きなハードル
 
その7. 地域ブランドづくりに必要な「コンセプト」~地域ブランディングに取り組む上での大きなハードル「コンセプトの共有」~
 
その8. 地域ブランドづくりに必要な「デザイン」の働き ~そのデザインで、伝わりますか? らしさを「伝える」と言うハードル~

著者プロフィール

福井隆

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

「地域で生きる希望をつくる」―地域の文化風土を活かした、持続可能な経営支援―

地域支援・事業化支援アドバイザー・地域ブランドファシリテーター
・地域ブランディング戦略作成支援
・観光地域づくり支援
・ステークスホルダーの合意形成支援

「地域で生きる希望をつくる」をモットーに、持続可能な地域をつくるための支援活動を行っている。地域の内発的な計画づくりの支援、地域資源を活かした魅力的な事業計画づくり、観光地域づくり支援、地域の人材育成支援など。
E-MAIL:kinari104@gmail.com

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