連載「地域ブランドの作り方」成功のための12のハードル ~その7.地域ブランドづくりに必要な「コンセプト」~地域ブランディングに取り組む上での大きなハードル「コンセプトの共有」~

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

福井隆 地域ブランド
地域ブランド化を進める上で、「コンセプト」を決めることは最も重要

 前回は、マーケティングリサーチからは新しい需要が見つけにくくなっていること。そして、地域ブランディングに必要なマーケティングについてお話をしました。具体的に、地域ブランドづくりにおけるマーケティング(「売れる、人が来てくれる」をつくる)では、代替えがきかない「この地域でなくてはならない、魅力のあるコト」を背景に地域ブランド化を進めることでした。今回は、マーケティングに基づいて「ブランド化」を推進する上で、最も重要な「コンセプト」についてお話をしたいと思います。

 各地で、「地域ブランド化」事業をお手伝いする中で、一番ハードルが高いのは「コンセプト」を決め、それに基づき事業を行うことのように感じています。そもそも、コンセプトに対する理解がないことが、その第一の理由です。加えて、さまざまな特徴や資源などが豊富にある地域において、そこから魅力の焦点を絞ることがたいへんに難しいことが二つ目の理由。そして、地域ブランディングに必須である関係者の合意形成が難しいことが三つ目。四つ目の理由に、その事業推進において地域の内側から公益性の観点から横やりや雑音が入りやすいということがあります。今回は、この難しい四つのハードルをどうすれば越えられるのか考えてみたいと思います。

コンセプトは、魅力を表す「モノサシ」

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店のショーウインドウに印字された青山フラワーマーケットのコンセプト”Living With Flowers Every Day ”

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店頭に置かれた「出来合いの美しい花束」

 民間企業においてコンセプトは、事業を行う上での羅針盤や地図の役目を果たすことが知られています。

 例えば、1988年に創業され約30年間で80億円企業に成長した青山フラワーマーケット(株式会社パーク・コーポレーション)は、”Living With Flowers Every Day ”を基本理念(コンセプト)として経営がなされています。‘花や緑に囲まれた心ゆたかな生活’を「一人でも多くの方に」届けたいと、コンセプトの下で経営が行われているとHPに謳われていました。これは、店頭においてもこの考え方が貫かれ、社員に共有されています。これは私が撮った写真ですが、店のショーウインドウにコンセプトがプリントされていました。コンセプトに沿った商品である「出来合いの美しい花束(写真参照)」とともに、徹底してコンセプトを具現化し提供することが事業の骨子となっているようです。

 このような考え方、事業の進め方は地域ブランディング事業においても同様に取り入れるとよいでしょう。地域の風土や歴史・文化を背景に事業を行う場合、どこに進めばよいのかを共有する必要があります。何を魅力としてモノを売るのか、あるいは来ていただくのかを決め、地域の関係者が進むべき羅針盤を共有する必要があるのです。その羅針盤の役割を担うのが「コンセプト」です。地域の関係者が、コンセプトを共有し同じ方向に向かって事業に取り組む必要があります。

 少し遠い町ですが、米国のポートランドでは「エコディストリクト」という考え方でまちづくりが行われてきました。「環境にやさしい街区(暮らし)をつくる」と訳してみます。ポートランドでは約40年間にわたって、進むべき大枠の考え方を共有し地域づくりが行われてきました。これを、「まちづくりにおけるコンセプト」と言ってもよいでしょう。

 具体的には、移動手段として車を使うより歩くことや自転車が重視され、自転車専用道路の設置や緑陰の街路などの整備を積極的に進めたようです。その結果ポートランドは、観光客が多く訪れるだけではなく「全米で住みたい街ナンバーワン」となっています。まちづくりほど大きな枠組みではないですが、コンセプトが地域特産品などのブランディングにおいても重要な役割を担うのです。

 例えば、商品を流通に乗せる上で生産者が最初に越えなくてはならないことの一つとして、商品を買ってもらうバイヤーとの商談があります。特に都市部で力のある店のバイヤーは、世界中の生産者からの商品の売り込みにさらされています。たいへんな目利きになっていると言ってよいでしょう。そのバイヤーの方々からは、「どうしてその商品をうちの店で扱う必要があるのか」、あるいは「あなたの地域の商品を消費者が欲しがる理由は何ですか」などと聞かれます。

 今の時代、とても重要なことは品質や価格などのスペックは良くて当たり前になっている現実です。そのため、「風土性・場所性」の役割が重要になってきています。その土地でなくてはつくれない、あるいは他にはない特徴があるなど、地域の風土や文化、歴史を背景とした「モノガタリ」が重要視されています。モノの背景に地域固有の特徴やストーリーがあると、単純な工業製品と比較して信頼性が高まります。そこで、商談においては背景にモノガタリを込めた商品コンセプトをバイヤーに示すことによって、取り上げてもらえる可能性が高まります。

 コンセプトは、事業推進において羅針盤に加え「モノサシ」のような役割をする事業指針です。道路の無い海の上で、船が夜空の星や羅針盤を頼りに航海することは良く知られています。地域の特徴を活かしてブランド化を図るのも、あらかじめ引かれた道路を走るのではなく、自らが地図を描き羅針盤に頼って事業を行う必要があります。加えて、事業推進の上で迷ったとき、どちらに進むべきか「モノサシ」があると困らないでしょう。

 実際、観光庁が進めるDMO登録に向けての重要な要件として、「明確なコンセプトに基づいた戦略(ブランディング)の策定」が必要と謳われています。すなわち、観光地域づくりにおいても、コンセプトに基づく戦略に沿って事業化を図る必要があると指摘されています。しかし、登録されたDMOのコンセプトをざっと見てみると、とても抽象的な言葉が多く、コンセプトして果たして役に立つのかと思えるものが多いと感じます。

 例えば、「○○ならではの多様性を活かした自然美」というコンセプトが示されている地域連携DMOがありました。「自然美」をどうするのでしょうか。コンセプトにおいて注意しなくてはいけないことは、抽象的で解釈が多岐になってしまうと羅針盤やモノサシとして役目 を果たさなくなる点です。

 この連載で、何度か紹介をしている玉造温泉の「美肌・姫神の湯®」というコンセプトは、とてもわかりやすく事業をブレずに進めることができるのではないでしょうか。古代より続く温泉地の玉造では、観光客が減少し地域存亡の危機において、あらためてまちづくりのテーマとして「美肌・姫神の湯®」という魅力あるコンセプトを定め、これを「モノサシ・羅針盤」として事業を推進しV字回復の成果を上げたのです。

 ぜひ、大事なコンセプトを決めるにあたっては、魅力の焦点を絞る必要があることに加え、具体的に役に立つかどうか考えていただきたいものです。

 日本全国で進められている観光地域づくり、コンセプトづくりにおいてもう一つ大事なことは資源や地域の魅力を「点」で表現するのではなく、「場(地域)」としての魅力を表現する必要があるということです。

 「旭川には行動展示で有名な旭山動物園があります」「ニセコにはパウダースノーのスキー場があります」ではなく、例えばニセコであれば「上質のパウダースノーと山々の自然に支えられた世界一のウィンタースポーツリゾート」を目指すなど、面的な魅力ある観光地域づくりにつながるコンセプトをつくる必要があるでしょう。

 世界で人気になっている観光目的地を見渡すと、例えばフランスのプロバンスでは「ハーブと共にある香りの文化リゾート」、インドネシアバリ島は「稲作とバリヒンドゥー教のお祭りが息づく島」、ハワイは「南の島の楽園リゾート」などの「場(地域)」のイメージに強く魅かれて観光客が訪れているコトに気が付くでしょう。日本で一番人気の観光地京都でも、「古都京都」として千二百年の歴史文化イメージがその魅力の核となっていることが分かります。このように、地域の場の魅力を表すコンセプトが観光地域づくりには必要だということです。

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