連載「地域ブランドの作り方」成功のための12のハードル ~その10.地域ブランドづくりは、知的財産制度の活用で守りを固め、攻めの戦略づくりと両輪で行う~知財制度、上手く活用していますか~

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

地域ブランドを守る地域団体商標制度

 国が定めた守りの制度を活用する意味において、これまで地域団体商標として認定され登録されているものやことが621件(平成30年1月末時点)にも上ります。その中でも、「京」という名前がついた「京の伝統野菜」などの京都に関する地域団体商標登録件数は48にも上ります。京をイメージする宇治や西陣などを含めると53となるほど、たくさんの登録がなされています。それだけ「京都」「京」という地名やイメージは、守るべき価値があると言えるのでしょう。

 第1回の連載において、地域ブランドには地域そのもののブランド化と地域資源のブランド化という二つの側面があることを指摘しました。京都は、地域そのものがブランドとして高く評価されていることから、これほどの数が商標登録されていると考えていいでしょう。日本人なら誰でも知っている「古都京都」、千数百年にわたる文化都市として信頼を築いてきました。このような優位性のある地名を冠した地域資源に対しては、多くの人がきっと良いものだとイメージするのです。

 実際、京の伝統野菜として知られる「九条ネギ」は、市場において一般のネギと比べてはるかに高い価格で取引されています。京の伝統野菜だから、旨い、あるいは信頼を裏切らないだろうと考え、人々は高い対価を支払っているのです。

 ここで重要なことは、それぞれ地域団体商標を申請し権利を持てる団体は、その地域の特別の法律により設定された事業組合(農協や漁協)や商工会、商工会議所、NPO法人に限られるということです。他の地域の団体や、民間企業は権利の申請ができない制度です。これは、地名そのものがその地域に住む人々にとっての共有の知的財産と考えられているからと推測できます。そのため、申請において地域の合意形成が制度上重要視されているのです。言い換えると、他の地域の人たちが「京の伝統野菜」と謳って野菜を売ることを防ぐ権利を守る制度としての側面が強いのです。

 考えてみれば、もし「京」という呼称を誰もが使えることになると、例えば「東京」も「京」の字が入っているので東京でつくっている商品も「京の伝統野菜」として販売できる可能性があります。しかし、「京」という呼称は京都固有の優位性を背景にして強い魅力を発揮しています。その魅力に便乗して、東京も京の字が入っているから「京の伝統野菜」として販売することは、知的財産を侵害していると言っていいでしょう。このようなことを防ぐ意味でも、地域団体商標登録によって守ることが重要なのです。

ブランド化に地域団体商標権を活用する

連載「地域ブランドの作り方」成功のための12のハードル ~その10.地域ブランドづくりは、知的財産制度の活用で守りを固め、攻めの戦略づくりと両輪で行う~知財制度、上手く活用していますか~富山湾鮨

 加えて、地域資源のブランド化の側面として地域団体商標制度は大きな役割を果たしています。通常、商標制度においては商品又は役務の普通名称のみを表示する商標は、商標出願をしても登録にならないと規定されています(商標法第3条第1項第1号)。例えば、「アルミニウム」「りんご」「みかん」や「漬物」など一般的に使用される普通名称のみを申請しても認められません。

 しかし、地域団体商標制度は「地域名+商品・サービス名」の登録が認められているため、例えば「青森りんご」「有田みかん」や「京漬物」など地名に価値を認めることによって、普通名称の商品が登録されるようになりました。また、サービスにおいても例えば「横濱中華街」「一宮モーニング」「富山湾鮨」など15のサービス(温泉のぞく)が登録されています(2018年1月末現在)。すなわち、「中華街」「モーニング(サービス)」「鮨」など通常の商標では登録されない普通名詞のネーミングが、地域名を付与することで知的財産として守ることができるようになったのです。

 この中でも、地域団体商標として登録されている「富山湾鮨」は、制度を上手く活用し守りを固め、攻めのブランディングも上手く行っている事例です。すでに23回目の発行(年4回)を誇る富山県の「ねまるちゃ」という観光パンフレットには、富山湾鮨について次のように書いてありました。『「天然の生け簀」と称される富山湾には、豊富な魚介が水揚げされ、浜は熱気に包まれる。そこから揚がる旬の地魚を、新鮮なまま堪能できるのが「富山湾鮨」です』。

 すなわち、富山湾を生け簀に見立て富山はおいしい魚が食べられる観光目的地として攻めのブランディングを行っていると言っていいでしょう。富山には良いところや良いものがたくさんあるのですが、ここでは「くつろぎ、ときめき。富山で休もう」という観光誘客のキャッチコピーの下、豊かな自然環境に恵まれ、四季を通して多彩な海の幸に恵まれた富山湾を魅力の核に据え、そこから揚がる旬の地魚を、新鮮なまま堪能できるのが「富山湾鮨」として焦点を絞り、魅力の核にして地域のブランド化を進めていると言えるでしょう。

 少し文脈は異なりますが、この取り組みは「江戸前鮨」が江戸時代からの長い時間を超えて愛され続け、鮨と言えば今でも江戸前が一番だと人々に考えられていることに通じているのではないでしょうか。豊かな江戸前の魚と江戸の文化が生んだ江戸前鮨、富山では豊かな富山湾の海の幸と観光を掛け合わせ、魅力の核に富山湾鮨を置いて新たな文化を生み出そうという攻めの取組と言えるのではないでしょうか。

 商標登録制度を活用して守りを固めること、その大切さが第6回目の連載で紹介した久留米まち旅®でも示された場面がありました。人気になったまち旅®は、当然のように○○町のまち旅として模倣コピーが始まったそうです。しかし、ここでは商標登録のおかげで模倣を防ぐことができたと聞きました。一般に商標やネーミングは、話題になったり、人気になって初めて注目される側面があります。人気がなければ模倣されることはないと言っていいでしょう。地域ブランド化を進める担当者にとって、第一義の目的は商品が売れることや人が来てくれることです。そのことに集中するがあまり、守りに想いが至らないケースが多いように感じます。まさか自分の担当する商品やサービスが、爆発的人気になるとまでは思はないのでしょう。模倣されてからでは手遅れなのです、ぜひ守りを固め攻めのブランディングとの両輪で事業を進めていただきたいと思います。

<連載第1~9回はこちら>
 その1.市場競争」の中でブランディング事業を行うということ
 
その2.ブランディング、なぜ必要?「目的の共有とブランド定義づくり」のハードル
 
その3.あいまいな「ブランディング成果」というハードル
 
その4.「地域らしさ」の共有ハードル、地域ブランドづくりで大切なのは魅力ある地域らしさ
 
その5. 先進事例に倣うなら、「モノマネ」より「コトマネ」で、というハードル
 
その6. 地域ブランドづくりにとって役に立つ「マーケティング」という大きなハードル
 
その7. 地域ブランドづくりに必要な「コンセプト」~地域ブランディングに取り組む上での大きなハードル「コンセプトの共有」~
 
その8. 地域ブランドづくりに必要な「デザイン」の働き ~そのデザインで、伝わりますか? らしさを「伝える」と言うハードル~
 
その9. 地域ブランドづくりにとって大切な「ネーミング」 ~名前がついていますか、それで魅力が伝わりますか~

著者プロフィール

福井隆

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

「地域で生きる希望をつくる」―地域の文化風土を活かした、持続可能な経営支援―

地域支援・事業化支援アドバイザー・地域ブランドファシリテーター
・地域ブランディング戦略作成支援
・観光地域づくり支援
・ステークスホルダーの合意形成支援

「地域で生きる希望をつくる」をモットーに、持続可能な地域をつくるための支援活動を行っている。地域の内発的な計画づくりの支援、地域資源を活かした魅力的な事業計画づくり、観光地域づくり支援、地域の人材育成支援など。
E-MAIL:kinari104@gmail.com

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