連載 「地域ブランドのつくりかた」成功のための12のハードル ~その3.あいまいな「ブランディング成果」というハードル~

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

2018.07.23

寂れた町から、若い女性客が殺到する町に変貌した玉造温泉

地域ブランド 福井隆 東京農工大学
玉造温泉(島根県松江市)の入込客数推移(平成10~27年)

 地域ブランドにとっては、地域らしさ(文化風土)をベースに価値を生みだすことが、ブランド化への王道です。これは観光地域づくりにおいても同様です。地域のDNAを活かし、地域ブランドとして成果を上げている玉造温泉の事例を取り上げたいと思います。

 日本中どこも同じなのですが、従来型の観光地、とりわけ温泉地は団体観光客が減り、個人客にシフトが進まず苦境に陥っています。玉造温泉も例にもれず、平成19年から20年にかけて4軒の旅館が経営破たんをしたそうです。実際に私もそのころ玉造温泉に宿泊したことがありますが、町は寂れた感じが強く二度と来ないだろうなと思った記憶があります。

 その町が、上のグラフにあるように平成18年に85万人まで落ち込んだ入込客数を、平成25年には125万人を超えるまで回復させました。そして、町の中にも人が回遊し、特にかつては観光客の大半が団体客であったのに対し、現在は若い女性の姿が圧倒的に増えました。この奇跡の回復と変化をもたらしたのは、産・官・民の協力体制と事業主体となるまちづくり会社、マネジメントを受け持つ観光協会、そしてまちづくりのための住民協議会など責任の所在を明確にした事業体制と役割分担が第一のポイントです。そして、マネジメントとプロデュースを行う観光協会が主体となって事業コンセプト(まちづくりのテーマ)とマーケットポジショニングを明確にし、責任を持って事業を推進したことによります。

 玉造温泉のコンセプトは、「美肌・姫神の湯Ⓡ」です。そして、このコンセプトから導かれる顧客層である、20~30歳代の女性に焦点を当て事業を行っていきました。

 具体的には、例えば町の観光パンフレットについては、ターゲットの人たちに響くように従来からのチラシやポスター、観光パンフを全てやめ、若い女性に人気のイラストレータの手による絵手紙的なものに変えました。驚くことに町の観光協会がつくったパンフレットにもかかわらず、一点も写真が使われていません。しかし、このように焦点を絞ったことから評価も高く12万部もの発行部数を数えるまでになっています。

 加えて、プロモーションにも工夫を凝らしました。玉造温泉そのものを知ってもらえないと来てくれないということから、女性の必需品である化粧品をプロモーションツールとして利用しました。美肌温泉のお湯を利用して化粧品をつくり、その効果や使い心地などから玉造温泉を知ってもらうという、逆転の発想です。これが大きな効果を上げました。大手の化粧品会社に玉造温泉のお湯を原料として無償で提供し、その代わりに玉造温泉のお湯でつくったことを全国レベルで発信してもらうなど、期待以上の認知度アップにつながりました

地域ブランド 福井隆 東京農工大学
かわいいイラストが目を引く、玉造温泉のパンフレット(左)、年間を通じて、若い女性客が多く訪れる(右)

 ここで本題です。美肌の湯というキャッチフレーズは全国の温泉で使われていますが、姫神の湯とはどういうことでしょうか。実は、まちづくりのテーマを決めるに際して、事務局では徹底してこの町にしかないオンリーワンの観光素材探しにこだわったそうです。そこで出会ったのが、1,300年前に書かれた『出雲風土記』に玉造温泉が美肌温泉として記述されていたことでした。そして、出雲の神様には女性が多いことから、「きっと古代の女性の神様も玉造温泉で美肌を磨いていただろう」と想像したのです。古くから出雲は神々の集まるところ、そして美肌になる温泉が湧くところとして玉造温泉を打ち出していったのです。

 また、来ていただいた若い女性のお客さま向けに、姫神様にお願いができ、同時に女性の願いだけを叶えてくれる「願い石、叶い石」という願掛けの聖地を、玉作湯神社の中にあらためてプロデュースしました。それまで、年間200名ほどの参拝しかなかった神社に20万人以上が訪れるようになり、文字通り美肌になるだけでなく姫神様にもお願いができる聖地(パワースポット)として人気になっています。

 玉造温泉では、「美肌・姫神の湯Ⓡ」という言葉も商標登録し、地域が一丸となって、コンセプトに沿って事業を行う体制をつくり成果を上げました。このような取り組みから、「美肌・姫神の湯Ⓡ」として認識され、評価されていることが玉造温泉のブランディング成果なのです。その結果、例えば観光客の少ない季節である2~3月に、玉造温泉には大学生の卒業旅行でたくさんの女性客が訪れ人気となっているなど、具体的な経済効果も上がっています。

地域ブランド 福井隆 東京農工大学
玉造温泉のコンセプト

著者プロフィール

福井隆

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

「地域で生きる希望をつくる」―地域の文化風土を活かした、持続可能な経営支援―

地域支援・事業化支援アドバイザー・地域ブランドファシリテーター
・地域ブランディング戦略作成支援
・観光地域づくり支援
・ステークスホルダーの合意形成支援

「地域で生きる希望をつくる」をモットーに、持続可能な地域をつくるための支援活動を行っている。地域の内発的な計画づくりの支援、地域資源を活かした魅力的な事業計画づくり、観光地域づくり支援、地域の人材育成支援など。
E-MAIL:kinari104@gmail.com

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