智頭街道を「自然を食べる旅」の周遊ルートに

2017.07.07鳥取県

ただ見て回る観光から「自然食を体感」へ なぜ、山の中のまちの、その奥に店は開かれるか

智頭街道を「自然を食べる旅」の周遊ルートに
智頭周辺は杉の山が続く

 この4軒に共通するのは、経営者自らが行う自然栽培や、地域の農家が提供する安心、安全な農産物を提供する施設ばかり、ということ。美味しいだけでなく、作り手の「心」までいただくことができることこそポイントといえる。狭い地域にこれだけ質の高い店がいくつも集まっているのをあまり聞かない。

 大江ノ郷自然牧場は、卵の品質を鶏の飼い方までさかのぼって考えた結果行き着いた成功である。素材をいかに誠実に作るかが食の最も基本にある。みたき園の寺谷女将は、この山の中こそが恵まれた環境なのだという。山の中に民家を移築し、毎日地元の食材を使って料理を提供するのはたいへんだが、昔ながらの田舎の気配、人情などに触れて喜んでもらいたい。儲けを考えたらとてもできないけれど、ここに働くみんなが私と同じ気持ちでずっと一緒にやってきてくれたからできるのだ、という。

智頭街道を「自然を食べる旅」の周遊ルートに
鬱蒼とした杉林の中に佇むみたき園の東屋

 野原のcafeポストの古谷夫妻も、タルマーリーの渡邉夫妻も都市での生活を経験して、それでも今はこの地に根付いている。この2軒は自然栽培という究極の農法による素材づくりが基本を支えている。こういうことを考える人たちが比較的狭い地域の中に集まったという特性を大きな魅力にできる地域となっている。

 タルマーリーで出会った若いカップルは、他は知らないので、この後は有名な浦富(うらどめ)海岸に回ってみたいと話していた。見方を変えれば、このパンを食べるためだけに、山の奥までやってくるお客様がいるということで、少し前までは想像できなかった現象である。わざわざ外国からやって来るほどの店なら、国内からならまだ近いのかもしれないが、若い人たちの価値観が大きく変わり始めていることを感じる。こういう人たちに、この地域のなかで回遊してもらえるようになれば素晴らしいと思うのだ。

智頭街道を「自然を食べる旅」の周遊ルートに
あちこちに小さい棚田が続く

智頭街道を「自然を食べる旅」の周遊ルートに
伝統的建造物群保存地区「板井原集落」も杉林の中にある

 今回紹介した皆さんは、この地域で暮らし、新しい生業を築いていくことを実現している。この姿はこれからの若者たちにとって新しい「憧れ」の形、目指す暮らし方なのかもしれない。もちろん「大多数の」とはいかないが、戦後の高度経済成長期以降ずっと途切れていた、「経済より自然や人間が大事」という思考パターンが復活してきたのではないか。 大型観光の造成、開発となるとなかなか難しいが、ニーズはいろいろな形で現れはじめている。

 「この地域では大型観光バスでたくさんの人が一度にやってきても、宿泊も含めて受け入れることが難しいのが現状です。この店も同じで、私たちがどんなに頑張っても作れるパンやビールなどの量は限られています。でも、地域にだんだん多くの観光客が来てくれるようになるのは大歓迎、実際にここでも他県のバス会社からの企画が動き始めているのです」という話をタルマーリーで聞いた。

地域発のレンタカーが自前の新しい交通手段に

智頭街道を「自然を食べる旅」の周遊ルートに
レンタカーとカーシェアリングで人気が高いBMWi3

 地域観光を考えるとき、点在する観光ポイントを結ぶ移動手段がなければならない。今のところ、地域全体でそれを解決する手段はできあがっておらず、多くの観光客は自分の車で移動するのが一般的だ。

 八頭町や智頭町に村営バスはあるが、残念ながら観光用ではないため観光拠点を効率よく回るには無理がある。現在の大江ノ郷自然牧場ほどの事業規模になれば繁忙期には自前の送迎バスを出すことも可能だが、「小さな拠点をつなぐ」という観点からのリレーションがほしいところだ。

 面白いのが地域発の格安レンタカーである。智頭町に本社を置き、鳥取市内等を中心に事業を展開する智頭石油(株)では自社のガソリンスタンドをステーションとして格安レンタカーサービスを運営している。地域での利用を念頭にキャルレンタカーという自前のシステムを構築したのだ。現在、全国に石油販売系列の垣根を越えて100社が参加するシステムに育っている。昼間12時間のレンタルで2,500円(保険付きで実質3,500円くらい)からという低価格を実現、拠点は智頭駅近くのほか鳥取駅や鳥取市内にもあり、一部ではEVカーもレンタルする。レンタカーを利用すれば、1日3~4カ所は回れそうだ。

 智頭石油の米井哲郎社長も智頭の林業家で、林業が落ち込む中で地域をなんとかしたいと、先代が始めた石油販売業を多角展開し、自ら地域でのレンタカーシステムを開発し、実践に移したつわものである。

 地域を、大手観光サービスの力を借りずに回遊するには、する側の力も必要だが、受け入れる地域の側も頭を使わなければならない。ただ、完璧を目指すより「地域の側と、観光客の両方がうまく利用して、なんとか行き着くことができる」ようになってさえいれば、楽しいことがたくさん見つけられるのだと思う。国や自治体等の基盤整備頼みではなく、自分たちがやれることをやり、それを丁寧に発信していくことが大切なのだと思う。

 智頭町には町が推奨する「森カフェめぐり」という智頭石油のEV超小型モビリティーを活用した楽しいスタンプラリーもある。パンフレットには、町内14か所の魅力あるカフェと充電用のEVスポットが紹介されている。どの店も都市部では出せない魅力を持ったお店ばかりだ。ちなみに、このパンフレットのかわいい文字デザインはぽすとの古谷直見さんだ。

 今回は八頭町、智頭町という2つの町に限ったが、中山間地域の中にあるため、それなりに広域だ。地域をのんびり楽しむには1泊2日より2泊3日くらいはほしい。今回は鳥取市内に宿泊したが、本当は地域内に宿泊できるともっと楽しいと思う。

 人口流出は続くが、戻ってくる人、新しくやってくる人もいて、何より「新しいプラン」が地域内にたくさんあることが期待値を高くしているのではないかと思った。

リンク:「森のカフェめぐり」パンフレット

(取材・文/太田 正人)

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