「ポスト世界遺産」の観光に求められる文化遺産の「豊かさ」という視点

木村至聖甲南女子大学人間科学部准教授

2017.04.04

「ポスト世界遺産」の観光に求められる文化遺産の「豊かさ」という視点
軍艦島上陸ツアーの様子  写真提供:長崎県観光連盟

 軍艦島に与えられるこうした多様な意味は、まさに文化遺産の「豊かさ」として捉えることができる。対象が文化遺産とされるに値する歴史や、文化・社会との深い関わりがあるからこそ、そこに多様な意味が生まれる。だが、世界遺産(あるいは文化遺産)という視点だけから対象を捉えてしまうと、今度はその意味の「豊かさ」を見落としてしまうことになる。文化遺産の保存という観点からみると、こうしたジレンマは非常に悩ましいものであるが、観光はそうした難しい問題を越えていく柔軟性を持っている。もっとも、一過性のブームと思われる現象に影響されて保全計画がおろそかになったり、ルールを無視した危険な行為が発生したりするのは本末転倒だが、同時に観光者に「唯一の正しい見方」を押し付けるのも必ずしも望ましいことではない。

 文化遺産を保全する、地元住民や関係者への配慮を忘れない、という前提のもとで、文化遺産を多様な意味の重なりあったレイヤー(層)として捉えることが、文化遺産のコンテンツ力を高め、観光を通して文化遺産の「豊かさ」を広げていく上で重要なことだと言えるだろう。ある程度権威づけられた意味を持ち、ハード面の改変が難しいという点で、文化遺産というのは観光にとって、確かに厄介なコンテンツである。だが、観光を仕掛ける側がその「豊かさ」を活かし、ソフト面(見せ方)の多様なチャンネルを用意することによって、結果的にそれは一過性のブーム、消費型観光を越えて、文化遺産としての軍艦島の保存にも貢献できるのではないだろうか。

著者プロフィール

木村至聖

木村至聖甲南女子大学人間科学部准教授

専門は文化社会学と地域社会学。とくに「文化遺産」という近代的現象の事例研究を通して、消費と保存の間で揺れ動く現代社会のゆくえについて考察している。京都大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員などを経て現職。著書に『産業遺産の記憶と表象――「軍艦島」をめぐるポリティクス』(京都大学学術出版会)、共著に『映画は社会学する』(法律文化社)、『〈オトコの育児〉の社会学』(ミネルヴァ書房)、『東アジア観光学』(亜紀書房)など

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