「ポスト世界遺産」の観光に求められる文化遺産の「豊かさ」という視点

木村至聖甲南女子大学人間科学部准教授

2017.04.04

端島(軍艦島)
長崎県長崎市にある端島(通称「軍艦島」)。2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとして世界遺産に登録された 写真提供:長崎県観光連盟

「ポスト世界遺産」の課題

 ある地域(国内でも国外でも)へ旅行の計画を立てるとき、そこに「世界遺産」の〇〇があると知ったら、立ち寄ってみようと考える人は多いだろう。書店に並ぶ観光ガイドブックをみても「世界遺産」は必見という扱いをされているし、世界遺産と観光(客)は今や切っても切り離せないものになっている。

 よく引き合いに出されるのが、1995年に世界遺産に登録された「白川郷・五箇山の合掌造り集落」のある岐阜県白川村の事例だ。観光地としてはもともと有名だったこの地域だが、村民数わずか1,600人ほどの村に、世界遺産登録以降、毎年100万人を超える観光客が訪れるようになったことで大きな話題となった。こうした事例が知られるようになると、さまざまな地域・自治体で「わが地元にも世界遺産を」という声が高まった。ここ数年(2013~16年)は毎年立て続けに国内からの世界遺産登録が実現していることもあって、登録決定の際、待機していた地元住民や自治体関係者がくす玉を割って喜ぶ姿はメディアでもお馴染みのものとなっている。

 とはいえ言うまでもなく、「世界遺産」はゴールではない。登録されれば、国はその遺産の保護・保全の義務を負うことになるが、その責任は遺産の所有者や地元自治体にも及ぶ。とくに2000年代以降、「紀伊山地の霊場と参詣道」(2004年登録)などで、それまでは必ずしも「観光地」としては知られていなかった場所が世界遺産となったようなケースでは、急激な環境や景観の変化がしばしば問題となっており、それは観光客の増加による経済効果も期待したい地元自治体にとっては頭の痛いものだろう。

 だが、こうした観光と遺産保護の両立という課題については、さまざまなところで論じられているので、ここでは観光コンテンツとしての世界遺産(そのなかでも文化遺産)とはどういうものなのか考えてみたい。

 観光を仕掛ける側にとって、文化遺産という「コンテンツ」はしばしば厄介な代物である。たとえば、観光客数を維持するためにはリピーターを作ることが大事であることはよく知られている。そのために、遊園地やテーマパークであれば、新しいアトラクションを建設したり、華々しいイベントを実施したりするものだが、文化遺産の場合、そうはいかない。現状を変更することは制限されているし、別途展示施設を作ったりイベントを実施したりするにしても財源は限られている。ボランティアなどによる「おもてなし」も確かに大事かもしれないが、過剰なサービスに慣れた現代人はそれが欠けていれば減点こそすれ、あって当たり前のものくらいに考えてしまいがちである。

 結局のところ、文化遺産をめぐる観光においては、「今ここにある」文化遺産そのものの魅力(コンテンツ力)をいかに引き出し、活かすかが勝負どころとなるのである。

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