メディカルツーリズムの課題と展望

太田実松蔭大学准教授

2011.11.01岡山県沖縄県

メディカルツーリズムの取り組みが本格化

 2009年6月に「インバウンド医療観光に関する研究会」を立ち上げた観光庁は、課題の整理や実証事業の実施等を通じて、その振興に向けた方向性などについて検討を続けている。

 また、2009年12月には、政府の「新成長戦略(基本方針)」にメディカルツーリズムが盛り込まれ、経済産業省が「サービス・ツーリズム研究会」を設置し、健診を中心に中国・ロシアの富裕層をターゲットとした実証実験を行うなど、そのほかの関係各省庁も着手を始めている。

 さらに、2011年1月には、医療滞在ビザの運用が新しく開始され、最大6ヶ月間連続で日本に滞在でき、必要に応じて家族や付き添いの滞在も可能となった。なお、日本政策投資銀行(「進む医療の国際化-医療ツーリズムの動向 No.147-1<2010年5月26日>)では、国内における観光を含む医療ツーリズムの市場規模を、2020年には5,507億円(うち純医療は1,681億円)に達するものと予測している。

 この追い風ムードに乗ろうと、旅行各社や自治体がメディカルツーリズムへの取り組みを本格化させている。

 たとえば、JTBグループはジャパンメディカル&ヘルスツーリズムセンターを設立し、医療機関に対し、訪日外国人を受け入れるためのコンサルティング、予約手続代行から受診するまでの対応、通訳や病院までの交通、宿泊の手配などを総合的に提供できる体制を整えている。

 また、近畿日本ツーリストは観光メディカルプロジェクトチームを、日本旅行は訪日医療ツーリズム推進チームをそれぞれ新設し、市場参入している。そのほか、南海電気鉄道では、町おこしと沿線の活性化を狙い、地元の病院と提携し、外国人誘致を図っている。

 他方、地方自治体による取り組みも見られるようになってきた。たとえば、岡山県は、2010年度の新規事業として、中国人客向け医療観光ツアーの商品造成を行う旅行会社を選定、支援している。

 また、沖縄県は当地を訪問する中国人個人観光客向けに数次ビザの発給を2011年7月から開始して誘致拡大を図っているが、県ではその目玉としてメディカルツーリズムを前面に打ち出している。

メディカルツーリズムの課題

 高度な医療技術や設備、豊富な観光資源を有する日本において、今後のインバウンド拡大に向けた起爆剤として語られることの多いメディカルツーリズムであるが、課題も多い。

 まず、医療機関側の課題として、医療従事者及び医療事務に関わる異文化・多言語対応や、院内の多言語表示の充実、また、カルテ共有化等の海外医療機関との情報連携などが挙げられる。

 一方、関連産業としては、医療通訳者の育成、海外患者向け医療保険の充実などが喫緊の課題となっている。

 先の市場規模予測にある通り、日本におけるメディカルツーリズムに対する潜在的需要は、「より良い品質の健診・検診を求める新興国富裕層」「最先端の医療技術を求める患者」「低コストの医療を求める先進国の旅行者」などを中心に一定のボリュームが想定できる。

 しかし、当該市場を拡大、発展させていく上で、他の観光形態、たとえば観光庁がニューツーリズムとして掲げるところの「文化観光」や「産業観光」が「文化」や「産業」を観光の目的としているのに対し、メディカルツーリズムの一義的な目的は言うまでもなく医療にあるという点に留意することが必要である。

 メディカルツーリズムによる地域振興を考える自治体、もしくは商品開発を行う旅行会社は、あくまで医療が主で観光が従であるという、ほかの観光形態と異なる性格を踏まえた上で、新しい枠組みを作ることが求められよう。

著者プロフィール

太田実

太田実松蔭大学准教授

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