「open! architecture(オープン・アーキテクチャー)」 ―建物見学という、新しい観光スタイルの可能性

斉藤理山口県立大学教授

2017.12.13東京都

「建築物を愉しむ」には、まだまだ開拓の余地がある

 私たちの活動は、建物見学会を常設企画としつつ、その企画過程において築いたネットワークを活かして、まちをもっと魅力的にする多彩な協働企画を展開してきた。その筆頭が、「都市楽師」と呼ばれる建築物を舞台にした音楽演奏プロジェクトである。その昔、中世の欧州都市には、時を告げるラッパ吹きが居たり、さまざまな政事の度に登場する演奏家たちが居たりしたといい、そうした「都市楽師」たちを現代において登場させたら、まちの空間の使われ方も変わっていくのではないか、こんなことを期待して生まれたプロジェクトである。洋館での演奏会や、奏者と共に船に乗り込み、アコーディオンの音色とともに川から建物を鑑賞する、などという見学スタイルも本企画から生まれた。

 わけても、東京・日本橋の江戸桜通りを広場に見立てた音楽会「江戸桜通り演奏会」は、大喝采を博した企画である。日本橋の三井本館、三越本店というともに貴重な文化財に挟まれた通りを特別に一時通行止めにし、三井本館の壮麗な大列柱の間を舞台に、大規模な屋外演奏会を開催した【図3】。声楽やトランペット演奏会など多々試みたが、どれも石貼りの建物に程よく反響し、通りの雰囲気を瞬く間に典雅なものへと変えていった。まさに名建築に支えられた空間の力である。毎回、千数百人の観衆が都市楽師たちに聴き惚れた。2010年の開催時には、当時の溝畑観光庁長官も鑑賞に駆けつけてくださり、この催しの良さをともに味わってくださった。

 ちなみに、この企画では会社帰りの皆さんも思わず足を止め、その音色に聴き入っていくが、耳にする会話はこんな感じだ。「へえ、今夜はライトアップしているよ」「いいねえ、エレガントで素敵」などと。だが、じつはライトアップは毎夕行われている。それほど、人々は平素、優雅な建築物を眺める機会を見逃してしまっているのである。これは、かなりもったいない話であり、私たちのような活動のさらなる拡がりを願わずにはいられない。

open! architecture 斉藤理
【図3】1年に一夜限りの江戸桜通り演奏会にて、列柱の舞台に見入る観客たち

 加えて、音楽演奏の他にも、より多くの皆さんに新たな視点から建築めぐりを愉しんでもらおうと、ガイドブックの編集にも力を入れている。近年では、「中央区がもっと愉しくなる建築めぐりガイド」(2013)、「港区建築めぐりガイド・あるきテクト」(2016)などが挙げられる【図4】

open! architecture 斉藤理
【図4】ガイドブック等の冊子資料の例

 編集に当たっては、見学会参加者はじめ、地域の文化団体の皆さん等の意見を集約させつつスタッフ会議を重ね、それぞれ30から40の建物を紹介している。前者では、「夜景を愉しみたい」であるとか「お茶を愉しみたい」などといった、使い手のシーンに合わせ、親しみやすい編集構成に努めたことが功を奏したほか、後者では、建物に縁のある方の想いをインタビュー記事として収録し、いずれも増補の要望や配布場所の拡大を望む声が聴かれた。ある中学校からは、地域学習用の教材として活用している、との嬉しい知らせもいただいている。建物見学、というジャンルが確実に裾野を拡げつつある現場を目の当たりにした心持ちである。

 裾野が拡がればひろがるほど、ガイディング手法や、紹介媒体、建物空間・都市スペースの活用法にも多様な幅が生まれ、観光を中心とした経済活動との具体的な接点も多く生まれてくることだろう。「建築物を愉しむ」には、まだまだ展開可能性があると考えている。

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