「open! architecture(オープン・アーキテクチャー)」 ―建物見学という、新しい観光スタイルの可能性

斉藤理山口県立大学教授

2017.12.13東京都

建物を公開することで見えてくるもの

斉藤理 open! architecture
80年以上前に建てられた奥野ビル(東京都中央区)の一室で、維持活動をされている皆さんのお話をうかがう

 では、具体的に公開イベントの様子をご紹介しよう。見学会の対象はじつにさまざまだ。和館・洋館などの住宅建築、小規模な個人商店から、震災復興期の小学校や現代における最新の学校事例、倉庫の転用事例や、もちろん商業オフィスの数々、バックヤードまで含めた音楽ホールやホテル・百貨店、行政機関の緒施設等々。なにしろ幅が広い。だが、これら公開建物に共通している点は、「誇り」を紹介してくださる方々がおられる、ということだ。

 住宅建築では、銘木への並々ならぬこだわりや、暮らし手のさまざまな日常的エピソードに触れることができるし、劇場建築なども、普段は表に出てこない複雑な舞台設備や運営スタッフの職人技の数々を知ることができる。また在京の各国大使館なども建物見学に協力してくださるケースが多く、それぞれの母国との比較において語ってくださるエピソードなども大変興味深い。老舗百貨店などの見学会は、長年、建物を大切に守り、それを誇らしく思っておられるポリシーにじかに触れることで、店舗のブランド力をより一層感じ取ることができる、と評判だ。

 こうした見学会実施に当たっては、事前に十分に調査し、解説資料を準備していく。建築の専門性と、所有者の方々しか知らない隠れたこだわりのエピソードとを融合させていくのである。これが、いわゆるSIT層にとって満足度が高く、きわめて親しみやすい催しとして受け入れられている秘訣であると考えている。

 一方で、見学会を通して各建物が抱えている課題に触れられることもある。建物の維持・補修費について頭を悩ませているとか、新たな活用法について何かアイディアはないだろうか、等々である。こうしたケースでは、参加者も一緒になって、ウームと考えるのだが、やはり、建物を広く公開することによって、まちの「誇り」を共有すると共に、この「誇り」をどのように維持していくことができるのか、という課題も広く社会全体でシェアしていかなければならないことを強く感じている。 

open! architecture 斉藤理
図1】アーキテクツオフィスにて、かつての船舶用物見台を見学

 建物のつくり手が解説役として登場して下さるケースも大人気で、昭和初期の繊維倉庫をリノベーションした「アーキテクツオフィス」(東京都中央区)では、地域の歴史を加味しながら改修・活用されていることに対する想いを建築家自らが案内下さる【図1】。また、東京・新木場にある「木材会館」。こちらは2009年に竣工したばかりの建物だが、木材を最大限活用し、現代と伝統とがユニークに融合されている。ここでは、国産材の利用や職人の技の継承など、木材を取り巻くわが国の諸問題も織り交ぜながら、建築家自身が設計プロセスについて分かりやすく解説してくださる。

 こうした、普段は通り過ぎ、見逃してしまっている各建物のこだわりに触れると、来訪者の建築に対する関心や見方は俄然変わるようだ。コメントをいくつかご紹介すると、「ひとつひとつ丁寧に説明していただけ、より建物への理解が深まりました。実際にその施設で働いている方のお話がうかがえてとても良かったです」「街の再開発に携わる仕事なのでこういう思いを引き継ぎたいと思います」「個人だとなかなか見る機会がなく、このように詳しい説明付きツアーだと本当に細部やエピソードなども聞けて、楽しむことができました」などの感想が聞かれる。

 来訪者が好意的な印象を抱いていかれることは、もちろん、所有者にとってもうれしい話で、見学イベントで解説役を担当されたことを契機に、自社の建築物に関心を持つようになった、と言われるケースも多々ある。何年も出社していながら、自社ビルにそんな意味があるとは思わなかった、と。つまり、開催すればするほど、自らの身近にある建物への関心度を増し、また「解説もできる関係者」を増やしていくことができる。これは今後、わが国において文化観光のコンテンツを拡大していく際に、大変貴重な人的ネットワークになり得ると考えている。open! architectureには、こうした「種まき活動」のような側面もあるのだ。

 多くの見学事例のなかでも、近年もっとも人気を博した催しのひとつは、「ホテルオークラ東京本館」だ【図2】。棟方志功や富本憲吉といった名工たちの技巧に溢れた一流の調度品・装飾、設えから、「通路を挟んで対面する客室の視線はかち合わないように工夫がなされています」などと平面上の特色まで、館内のこだわりの数々を長年務めてこられたホテルマン自らがあつく、たっぷりとご案内くださるから、来訪者はもう建物にぐっと感動すると同時に、このホテルのいわば「ファン」になって帰られるのだ。建物を公開・見学することでファン層を拡大する、この効果は意外に大きい、ということをopen! architectureの開催を重ねるたび実感している。

open! architecture 斉藤理
【図2】ホテルオークラ東京本館ロビーにて、ホテルマンのお話に耳を傾ける

 私たちの見学会の直後、ホテルオークラ本館の建物は解体され、目下、2019年のリニューアルオープンに向けて虎ノ門界隈には心地よい槌音が響き渡るが、解体前に微細に至るまで見学したことの感慨は、余韻として参加者のなかに残り、おそらく新築なった暁にも根強いファンであり続けることと思う。これは、どんな印刷資料や映像資料にも敵わない力、とでも言おうか、他ならぬSIT型のガイドツアーだからこそ成し得る「動的な記憶の継承」の強さと言えるのではないだろうか。「建築物の誇りを探し出し、これをいわゆる文化仲介者が語り、関心層の輪が拡がっていく」、この手法はいたってシンプルだが、今後、わが国が観光コンテンツを量的拡大だけでなく、質的に向上させ、これを根強く持続させていく際の重要なヒントになり得るものと考えている。

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