バーチャルコミュニティが地域に共感を呼び、観光を促進させる 『おたるくらし』プロジェクトの現在と未来
ソーシャルメディアでの交流をきっかけに市民の生活を見に来てもらう
北運河には作業船などの小型船が係留され、明治時代に建てられた建造物も多いことから、北海道の玄関口として栄えた当時の様子を偲ぶことができる
『おたるくらし』FBページでは、小樽に住んでいる、住んだことのある、あるいは頻繁に訪れる読者が、新しい読者にこのFBページを紹介してくれる。何となく小樽を「良い雰囲気だなぁ」「行ってみたいなぁ」と漠然と思っている新しい読者に、記事を継続して読んでもらうことで、小樽への来訪願望を刺激する。自らの居住地にいて、そうした小樽の疑似体験を積み重ねることで、実際に、小樽を訪れるようになると考えている。これは『おたるくらし』プロジェクトの目的でもある。
潜在的な観光客が小樽に持っているイメージは、運河のイメージだと書いた。観光で小樽を訪れた人が歩いている運河は、実は本当の運河ではない。今、観光の目玉になっている小樽運河は完全に埋め立てられ、その上にバイパスが通る運命にあった。運河は我々の生きた証だとして、かつて市民の間に運河埋め立て反対運動が起こり、行政当局に陳情し続けた結果、もともと40メートルの幅があった運河が、半分の幅20メートルに縮められ残されることになった。今、観光客が訪れているのは、実は、この半分の幅になった運河である。運河脇にバイパスを作るときに運河沿いに遊歩道が作られ、たまたまそこを訪れた人が良いと思い、口コミが広がって、現在のような一大観光地になった。
観光客が歩く運河からさらに上流へ行くと、運河の幅が40メートルになる。この辺りは北運河と呼ばれている(写真右上)。観光客はそちらまではあまり来ない。現在、この北運河を新たな観光資源として小樽市が観光開発を進めている。北運河はまだ小樽市民の生活の中にある。
小樽と同様、運河の街として有名なイタリアのベネチアでは、運河をまだ市民たちが使っている。街の一部が毎年水没するようなところで、どうやって暮らしているのか、ベネチアに行けば何か面白そうなストーリーがある。リピーターはそれを見に毎年訪れる。
ベネチアのような、観光客が市民の生活を見に来るところに小樽をしたい。それができれば、観光客が小樽に滞在する時間が増え、小樽に宿泊する人が増え、リピーターの数も増える。現役の倉庫の並ぶ北運河や市民が今も生活に使っている市場(小樽市内に数カ所ある)、それに古くからあるお店(寿司屋、飲食店、蒲鉾屋)、急坂(小樽は急坂が多い)を体験してもらう、急こう配で海に向かって滑り降りるスリルのある小樽のスキー場に来てもらう、また、今は使われなくなっているが市民が誇りに思っている歴史的建造物にも来てもらいたい。
観光客が地元住民の生活を見に来るようになれば、地元の産品を売ることができ地元産業の醸成につながる。小樽には寿司屋通りという通りがあって、そこには多くの寿司屋が立ち並んでいる。観光客で賑わう堺町通りと交差する通りであるのに、観光客が運河から小樽駅に戻るときに通過するだけの通りになっている。小樽はもともとニシンで栄えた街で、そのことを多くの日本の人は知っているであろう。このことは、小樽の海産物に対してすでにいくらかのブランド価値があることを意味している。こうした海産物を寿司屋や市場で観光客の方に買ってもらえるようになれば、小樽の地域活性化につながる。イタリアの多くの地方都市は、地元の産品を世界に売ることで街の活性化を図っている。行政に頼らずに、地元の人間自らが地元産品のブランド化を図ることに成功している。小樽もイタリアの地方都市と同じような、ブランド力のある地元産品のある、観光都市になれると思っている。
ソーシャルメディアを観光振興にどう使うか: まとめ
ソーシャルメディアを観光振興に活かすためにいくつかの条件があることが、お分かりいただけたかと思う。まとめると、まず前提条件として、リアルなコミュニティがしっかりあることが必要である。ない場合には、リアルなコミュニティそのものを作らなければならない。この要件を満たした上で、バーチャルコミュニティを維持し、地域の外の人間に魅力的に感じられる地元住民の生活を記事の形で発信し続ける。この間に、読者が実際に観光地へ訪れてもらうためのさまざまな努力(例えば、読者アンケートや過去の記事を検索しやすくするなどWeb上の工夫)をし、最終的には繰り返し観光地を訪問してもらえるようにする。
バーチャルコミュニティはリアルになるか: 『おたるくらし』プロジェクトの今後
『おたるくらし』プロジェクトの活動の中で、今後試してみたいと思うことがある。それは、バーチャルコミュニティの地域内外のメンバーを地域に結びつけることである。実際に観光のイベントを企画し地域外のメンバーを地域のイベントに参加してもらう。ゆくゆくは地域の既存のビジネスを地域外に売り込む。これがどのくらいうまくいくか、あるいは、どのような条件、状況であるとうまくいくのか、まだ明確には分からない。試行錯誤になるが、大学の地域連携事業としてやってみる価値があると思っている。さしあたっては、記事の中で頻繁に紹介される小樽の場所をいくつか選んでモニタツアーを行ってみたいと思っている。
■著者プロフィール
北海道大学大学院文学研究科単位取得退学、博士(行動科学)、小樽商科大学准教授を経て現職。小樽商科大学アドミッションセンター副センター長。研究テーマは、コミュニケーション、特に情報機器とインターネットを介したコミュニケーションの認知心理学的研究。
スポンサードリンク