バーチャルコミュニティが地域に共感を呼び、観光を促進させる 『おたるくらし』プロジェクトの現在と未来

佐山公一小樽商科大学社会情報学科教授

2017.01.06北海道

バーチャルコミュニティが地域に共感を呼び、観光を促進させる 『おたるくらし』プロジェクトの現在と未来

『おたるくらし』FBページでは地元住民の生活、人生、歴史のストーリーを紹介

 『おたるくらし』という、小樽の隠れた観光情報を発信するFBページを、小樽商科大学のプロジェクトとして筆者が代表となり2013年から始めた。地元の人間の目から見れば何気ない日常の一コマであるけれど、小樽の外にいる人に聞かせたら、きっと素晴らしい、すごいと思う小樽の潜在的な観光資源を小樽市民自らが写真と800字前後の文章で紹介している。2、3年前からはこれに小樽商科大学の学生もライターとして加わった。幸い、開始以来途切れることなく記事を配信し続けている。定期的に読んでいただいている読者の数が現在1万人を超え(面白い記事であると2万人を超える)、一地方の観光サイトとしては比較的大きくなった。

 『おたるくらし』FBページには熱心な読者がいる。彼らのほとんどが、現在小樽に住んでいるか、過去に住んでいた、あるいは小樽によく訪れるリピーター観光客かのいずれかである。彼らは配信される記事によく「面白い」「なつかしい」と言った感想を具体的な理由を付けて、長々とコメントしシェアをしてくれる。そうすると、『おたるくらし』FBページをこれまで読んでいなかった人たちにも記事が拡散し、新たな読者が増える。

 『おたるくらし』FBページのインサイトを見ると、FBページに一般的でない傾向があることが分かる。フェイスブック全体では、30代が最も多いユーザ層であるが、『おたるくらし』FBページでは、40代が最も多いユーザ層となっている。また、女性ユーザよりも男性ユーザの方が多い。この理由はおそらく、40歳を超えると、多くの人が社会の中での地位がはっきりし、将来が見えてきて、たいていの人が自分の人生を振り返るようになるからなのであろう。自分の過去を振り返る機会が増え、似た境遇の他人の人生に共感しやすくなる。そうした人たちが『おたるくらし』FBページの熱心な読者になる。逆に、まだ自分の社会的地位が定まっていない若い人は、初めて知った小樽のお店や食べ物の記事には新しさを感じて良いと思うが、小樽の過去の活気をテーマにした記事には共感しない。

 後述するように、小樽商科大学の学生に、授業の課題として記事を書いてもらっている。その際、機会あるごとに、彼らに『おたるくらし』FBページの記事を読んでもらって感想を聞く。小樽や札幌のしゃれたお店を紹介する地元の雑誌を読むのと似た感覚で、彼らは『おたるくらし』FBページの記事を読む。昔の小樽を紹介した記事では、彼らが読んでも歴史を学ぶのと似た感覚になるだけで、共感するまでには至らない。

おたるくらしプロジェクトの発足から現在まで

 『おたるくらし』FBページは、小樽商科大学の教員と小樽の観光に関わる数名の小樽市民が小樽商科大学のプロジェクト(『おたるくらし』プロジェクト)として運営している。

 文部科学省が、地域の大学に地域を活性化するプロジェクトを立ち上げさせようと、2014年から知(地)の拠点事業という資金援助を行っている。この資金が大学の運営費になるので、多くの地方の大学がこの事業に応募している。 

 小樽商科大学も2014年にこの事業に応募、採択され、さまざまな地域貢献事業を行っている。『おたるくらし』プロジェクトもその一つで、もともと他にもたくさんある学内プロジェクトの中の一つにすぎなかったが、今では大学全体のプロジェクトとして、より多くの学内、学外の人たちを巻き込みつつある。

 英語版を作ろうという動きが、小樽商科大学の言語センター(語学部門)の教員サイドからある。予算が付けば動きだせる。こうした協力体制を小樽商科大学に学内に築いていき、より全学的な事業として維持可能になりつつある。

 地域の大学が、地域の観光振興をすることの最大のメリットは、観光産業に関わる地域の人たちの利害調整をする必要がないことである。行政(市や都道府県、それに観光協会)が地域の観光振興を目的とした事業を始めると、観光ビジネスに携わる人たちの陳情が始まる。行政は通常、特定の企業の利益になるような広報や観光施策をしないが、結果的に特定の企業に肩入れしてしまうこともあり、そうした場合、競争相手の企業からクレームが来て、その対応に苦慮することになる。大学にはこうした対応をする義務がなく、また地元企業もクレームをつけないのでやりやすい。

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