主事から副町長へ、吉弘拓生さんの仕事のしかた(後編)群馬県下仁田町 「やりたい」を後押しする「現場スピリット」

吉弘拓生下仁田町副町長

2016.10.04群馬県

壁をぶち壊して、「やってもいい」安心をつくる

  着任すると吉弘さんはすぐに動き始めた。課長のところで止まっている案件も自分のところまで上げるようにと指示を出した。また、単身で町商工会に出向き、職員と若手経営者が交流する機会をつくってもらった。

吉弘:徹底して嫌われようと思いました。壁をどんどんぶち壊して、とにかく血の巡りをよくする。誤解を解いて、職員のやる気を出してもらおうと考えました。

 職員は最初、吉弘さんを警戒し、ほとんど反応がなかったそうだ。吉弘さんは彼らを飲みに誘った。2015年4月に着任してから1カ月で25回ほど飲み会をしたという。

 吉弘:腹を割って話して、うきはでこんなことをやっていた、ずっと作業着で山をはいずり回っていたといったら「ええ」と驚かれて。

 年上の部長、課長たちとうまくやっていくにも「徹底的に飲むこと。コミュニケーションをはかること」だと吉弘さんは話す。ざっくばらんに話しても気持ちの通じない人もいるが、「6割の人が味方についてくれればいい」と自分の基準を設けていた吉弘さんはここでも気にしすぎず、「それはそれで割り切りも必要」と考える。

吉弘:全体をまとめている課長をおさえておけば大丈夫かなと。キーマンですね。若い職員には、今目立つ動きをすると、いつか私がいなくなったときに上の人に何か言われるのではないかという不安があると思うので、うまく課長、係長などと連携させてもらって、安心してやれるようにしています。

 こうした成果が出た一つが下仁田町のPR動画だ。移住やPR担当の、吉弘さんと同い年の職員とともに仕掛けた。

吉弘:下仁田町ではメディアによるPRがほとんど行われていませんでしたが、聞いてみると「つくりたい」というので、「じゃあつくりましょう」と。彼とはフィーリングが合いました。

 大手広告会社からは何百万円という予算で提案されたが、吉弘さんは「多分違う」と考えた。地元に詳しい担当職員は、下仁田を拠点に映像制作をしている人物を知っていた。お互いに意見交換する中で、町民やありのままの下仁田の魅力を伝えるというコンセプトが見えた。

 昨年12月に公開された移住定住PRムービー「人と町の風景」には、町民百数十名が参加している。下仁田町の景色を背景に、「緩い」雰囲気で踊る町民たちの姿は楽しそうに見え、下仁田町をよく知らない人に「頑張りすぎなくても、自然体で暮らせるまちなのだろう」という魅力的なイメージを抱かせる。一方で、歌詞の「ネギとかコンニャクばっか有名」「何もない町」などのフレーズは「自虐的」として注目された。これまでに再生回数83,000回を超え、たびたびニュースで取り上げられている。

吉弘:皆さん、楽しそうにやっているでしょう。「やらされ感」がないようにしたかったのです。地元の人が撮ったのがよかったのではないかと思います。地元のキーマンにも納得してもらって進めました。「何もない」と言いながら、一緒に映っている背景やみんなの笑顔がプラスのイメージになり、「こういうのもあるよね」と言いたくなるように持っていきたかったのです。
 町民の皆さんが自分たちのまちをもう一度見つめて、地域に誇りを持ってもらうきっかけになればと思いました。

 新しいことに挑戦しようという雰囲気は、役場内に少しずつ広がりつつあるようだ。例えば今年8月には、NHK ラジオの夏期巡回ラジオ体操が、58年ぶりに下仁田町で開かれ、1,200人以上が集まった。担当者の「やりたい」という思いを吉弘さんが後押ししたことが実った。

主事から副町長へ、吉弘拓生さんの仕事のしかた(後編)群馬県下仁田町 「やりたい」を後押しする「現場スピリット」
今年8月21日に下仁田中学校で行われたNHK夏期巡回ラジオ体操会(下仁田町提供)

 吉弘:昨年の夏くらいから、「職員の目が変わってきた」と言う町民の方が増えてきました。私が変化を感じたのは、今年の4月くらいからですね。提案が出るようになってきました。

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