主事から副町長へ、吉弘拓生さんの仕事のしかた(前編) 福岡県うきは市の森林セラピー 「納得」が人を動かす

吉弘拓生下仁田町副町長

2016.09.30福岡県群馬県

毎晩、膝を突き合わせて

 吉弘さんは山村振興係に配属され、森林セラピーの立ち上げを行うことになった。森林セラピー基地としての認定を受けるためには、本当にリラックス効果があるかを医学的な見地から実証実験しなければならない。さらに、コースを決める、ガイドを養成する、自由に散策できるようなマップをつくるなどの準備も必要だった。
 しかしもっとも重要なのは、市民との協議だった。うきは市の森林は国有林、県有林などが少なく、多くが私有林だ。それも、一人の所有者が持つ面積が小さい。コースに組み込みたい道があれば、その道を含む土地の所有者を1軒1軒回って話をする必要があった。

吉弘:最初は、「林業で使っていた道に人が入ってきたら危ないんじゃないか」「ゴミを捨てていかれるんじゃないか」「自分の庭のような場所を人がぞろぞろ歩いて行くのは想像できない、嫌だ」と思われていたようで、9割5分くらいの方が反対していましたね。
 とにかく毎晩、いろいろな集落の会議に出させてもらい、飲み会にも参加しながら、膝と膝を突き合わせて思いをぶつけていきました。例えば、景気が悪いと言っていても、30年以上対策をしていない。違う目線で山を見てもらえば、そこから木を使ってもらえるのではないかという話をしました。また、経済効果もあるかもしれないとも話しました。例えば山を歩けばお腹が空くので、地元で採れたものでお弁当やお茶を出す。そして、森林セラピーの後には観光フルーツ農園に行って帰ってもらえばいいのではないか。福岡空港から1時間くらいという、ちょうどいい立地でもあります。
 また、昔はこうだったという話にヒントがあることもあり、それをどう生かすかという話もしました。プラスの方向に話をもっていかなければ無理だと思っていました。これが実現しなければ、森を観光資源にすることはやめようと思っていたので、覚悟を持って動いていましたね。
 ただ話すだけではなく、地元のキーマンを探していたのですが、やはり一人いらっしゃいました。その方とお会いして、けんかのようになりながらも、お互いに本音で話しました。こうしたほうが世の中良くなりますねと話していると、最後には「お前がやるんならおれは押すよ」と言って、地元をばーっとまとめてくれました。関係づくりには1年半くらいかかりました。

うきはの観光農園にはナシやブドウのほか、イチゴやブル―ベリーなどもあり、ほぼ一年中何らかの収穫が楽しめる
うきはの観光農園にはナシやブドウのほか、イチゴやブル―ベリーなどもあり、ほぼ一年中何らかの収穫が楽しめる

 準備を進め始めてからも、さまざまな困難があった。たとえば地域の女性たちと行った弁当の開発もそうだ。

吉弘:皆さん気前がいいので、1回目の試作品はとても大きいサイズで、エビや刺身が入っていながら「300円でいいよ」と。コストに合わないし、山にエビはいないと思うので、「普段皆さんが食べるようなものが受けると思いますよ」と話しました。養鶏をされている方がいるので素材を鶏肉や卵に替え、山菜や肉じゃがなども入れました。

 原価計算、カロリー計算なども行い、約1年の試行錯誤の末に「うきはのほっこり弁当」が完成した。サイズは当初より一回り以上小さく、価格は1,000円だ。

うきはのほっこり弁当
うきはのほっこり弁当

いつのまにか広場ができた

 基地としての認定を受け、2008年に森林セラピーの受け入れがスタートすると、福岡県初という目新しさから毎週のように取材が入り、それを見た多くの人がうきは市を訪れた。吉弘さんも、とにかく知ってもらうことが大事だと、市役所に集合した人をバスで現地まで連れて行ったり、報道機関向けのイベントを行ったりした。

 そうするうちに地元の人にも変化が現れた。草が多く生えて荒れていた場所で、地元の人たちがいつのまにか草を刈るようになり、眺めの良い場所が生まれた。見てもらえるようにと、自然に花や木を植えるようになった。田植えをする女性たちが訪れた人に「どこから来られたんですか」などと話しかけるようになった。

草刈りで生まれたヤッホー広場
草刈りで生まれたヤッホー広場

 2011年にJR九州のウォーキングコースに組み込んでもらったときには、一日に千数百人が訪れても問題なく受け入れられるようになった。2006年に立ち上げの準備を始めてから約5年が経っていた。うきは市への観光入込客数は、2007年の180万8,000人から、増減はありつつも2013年には190万7,000人と、じわじわと増えている。

吉弘:今まで家にこもっていた高齢の方の出番となる機会もつくろうと考えました。そうすることで、市民の方々自身が主役になり、関わりを持つことになるのです。
 もともとおもてなしの風土があるところなので、うまくはまったようで、楽しいと思うとそれを周りの人に広げてくれて、納得の輪が広がっていきました。

 このように地域の人が自ら動くには、「納得」がポイントだと吉弘さんは考えている。

吉弘:相手を説得しようとすると、言われたから無理をしてやる、その人がいなくなったらもういい、という考えにつながります。自分が納得してやっていると、こうしたらどうかと提案するようになります。そのように持っていきたいと思いながら動いていたのが、今思えばよかったですね。

 実際に、女性たちからは、開発した弁当を駅弁にしたいという提案があった。吉弘さんたちはプロジェクトを立ち上げ、JR九州に売り込みを続けた結果、期間限定でJR特急「ゆふDX号」の駅弁に採用された。

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