まちを誇りに思い、そこに関わることを誇りに思う シビックプライドはより良いまちへの原動力

伊藤香織東京理科大学理工学部建築学科教授

「コミュニケーションポイント」のデザイン

 これらの事例を見ると、それぞれが自分たちのモチベーションに従いながらも、景観や産品や公共空間などそのまちらしさを表すものやことを「(広い意味での)デザイン」して、他の人たちにも共有できるようにしていることが分かる。このようにまちの魅力を伝えたり、まちらしさを象徴したり、関わりのきっかけを作ったりするような、まちと人の接点を、私たちシビックプライド研究会は「コミュニケーションポイント」と呼んでいる。

 これは、19世紀のイギリスで、公共建築や文化施設が担ってきた役割にも似ている。しかし、現代社会では建築物以外にも様々なコミュニケーションポイントがありうる。代表的なものを図のように整理した*。

コミュニケーションポイント シビックプライド 伊藤香織

* 伊藤香織・紫牟田伸子(監修),シビックプライド研究会(編著)(2008),『シビックプライド:都市のコミュニケーションをデザインする』,宣伝会議.

 シビックプライドが自然に育まれていけば良いし、シビックプライドを強要するのは意味のないことだ。しかし、好きなまちで暮らしたり働いたりできるのならそれは幸せなことであり、自分が関わって好きなまちがもっと良い場所になるのならそれはその人にとってもまちにとっても意義深いことだろう。

 だから、もしも「このまちには良いところがあるのに気付かれていない」とか「まちに関心のない人が多い」とかいう状況を変えたいと思うのなら、コミュニケーションポイントを見直してみよう。

 以下では、主に公的な主体が主導して行ったより大規模な海外の事例を2つ挙げて、コミュニケーションポイントのデザインと複数のコミュニケーションポイントの編集を見てみよう。

ロゴを活用し市民を都市の核と位置付けた「I amsterdam」キャンペーン(オランダ・アムステルダム)

伊藤香織 シビックプライド I amsterdam

アムステルダムのミュージアム広場に置かれた「I amsterdam」の立体ロゴ

 アムステルダム・マーケティング(旧・アムステルダム・パートナーズ)は、市民・来街者・そして世界に向けてアムステルダムをプロモートするための「I amsterdam」キャンペーンを行っている。アムステルダムの将来の発展を下支えするのは「人」であり、「アムステルダムというまちに誇りをもつ」というメッセージを発信している。このキャンペーンを象徴するのが「I amsterdam」のロゴだ。分かりやすいフレーズと、簡潔で力強い書体と明るい色彩のデザインで、人々の心を捉えた。

 「I amsterdam」ではロゴの提案当初から、キャンペーンでの展開のしかたや出版・展示などが計画されていた。その後もグッズを制作したり、さらには公共空間に立体ロゴを設置することでまちの景観にロゴを入れることに成功した。このプロジェクトが始まったのは2004年だが、写真が瞬時に世界中に拡散する社会の本格的到来を予見していたと言えよう(インスタグラムのサービス開始は2010年)。これだけでも、「ロゴ」「キャンペーン」「印刷物」「グッズ」「公共空間」などのコミュニケーションポイントに渡っていることが分かる。日本の自治体ではロゴを作ること自体が目的になっているような事業がしばしば見られるが、ロゴだけ作ってもあまり意味はないのではないだろうか。

 さらに興味深いのは、「I amsterdam」を勝手にもじった転用など、このロゴが一人歩きしていっていることだ。公務員のwebコミュニティでは「I ambtenaar(公務員)」のロゴが使われ、ホームレスのデモでは「I amsterdam, too(私も市民だ)」というプラカードが掲げられた。批判的な使い方も含めて、このロゴが浸透していること、変型されても「元ネタ」がわかる強度をもったロゴであること、そしてロゴ運用が寛容であることも分かる(「I ambtenaar」は後に許可を得たそうだ)。

まちの未来を肌で感じる「ハーフェンシティ・インフォセンター・ケッセルハウス」(ドイツ・ハンブルク)

伊藤香織 シビックプライド ハーフェンシティ
ハーフェンシティ・ハンブルク・インフォセンター・ケッセルハウス外観

 ハンブルクのエルベ川沿いの旧港湾地区の157ヘクタールにおよぶ再開発地区がハーフェンシティである。約25年にわたる開発に先立ち、象徴的な煉瓦造りの旧発電施設を改修して、まちの成り立ちや開発の情報を伝えるインフォセンター・ケッセルハウスを開設した。

 ケッセルハウスには、ハーフェンシティの1/500模型、パソコン・紙媒体・オーディオビジュアル・ブックレットなどを用いた多様な展示がなされている。現場見学ツアーの拠点にもなっている他、企画展やディスカッション等も開催されていた。カフェが併設され、来訪者の憩いの場となっている。模型は、当初はマスタープランのボリューム模型が置かれており、各プロジェクトが具体化すると詳細な模型に置き換えられていった。ドイツの人たちは模型を見るのが大好きで、まちの人も何度もケッセルハウスを訪れては、ビールやコーヒーを飲みながら模型を眺めてまちの未来を語り合うのだ。

 開発事業も進み居住者やオフィスで働く人も増えた現在では、情報発信の中心はテーマ別のインフォ・パヴィリオンに移ってきているが、ハーフェンシティ全体を伝えるケッセルハウスの役割は変わらず、人々の憩いの場所にもなっている。

 その他にも、ハーフェンシティには、現場を眺めるための展望台が設置されていたり、建物の建設前に周囲の公共空間を整備して完成前からまちに親しんでもらったりと、建設プロセスに様々な工夫が見られる。コミュニケーションポイントの観点からは、「都市情報センター」を中心に「イベント」「印刷物」「公共空間」「建築」などを組み合わせていると見ることができる。

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 シビックプライドはまるきり新しい概念というわけではなく、誇りをもってまちに関わってきた人は当然これまでもいて、それをうまく表す言葉がシビックプライドなのだろう。今、日本でシビックプライドが注目されているとすれば、縮小する社会の中で「増」だけに頼らない独自の誇りを取り戻したいと願う地域が多いことと、自分でも何かできるかもしれないと思う人たちが増えつつあることが要因ではないだろうか。それぞれの地域のシビックプライドがどのように花開くのか、これからの動きに期待したい。

著者プロフィール

伊藤香織

伊藤香織東京理科大学理工学部建築学科教授

東京生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)。東京大学空間情報科学研究センター助手等を経て現職。専門は都市空間の解析およびデザイン。2002年より東京ピクニッククラブを共同主宰、2006年よりシビックプライド研究会代表を務める。主な著書に、『シビックプライド―都市のコミュニケーションをデザインする』『シビックプライド2【国内編】―都市と市民のかかわりをデザインする』などがある。

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