まちを誇りに思い、そこに関わることを誇りに思う シビックプライドはより良いまちへの原動力

伊藤香織東京理科大学理工学部建築学科教授

日本の都市に見られるシビックプライド

  人は、生活の様々な局面で自分の存在の意義を感じたいと思っているだろう。自分は家庭を支えている、自分がいないとこの仕事はうまくいかない、友達が自分を必要としてくれるというように。シビックプライドも同じだ。この都市あるいはコミュニティは自分が関わってより良くなっている、自分は地域に必要とされている、という実感だ。しかし、そのような実感を持てる住民はそれほど多くないかもしれない。

 特に日本の都市では、行政のレベルが比較的均質で安定していたこともあり、「おかみ主義」(個々人が能動的に動かなくても、行政が何とかしてくれる)は一般的なものだった。しかし、近年では、地方自治体の財政が厳しくなり、一方で多様なステイクホルダーの考え方の浸透や情報技術の発達により、個人、市民組織、民間企業等がより良い地域のために自分たちでできることを能動的に始めたり、公共的な組織が事業の過程で市民参加を呼びかけたりする動きは増えている。こうした活動に関わることは、都市における自分の存在意義に気付き、シビックプライドを自覚するひとつのきっかけにもなりうるだろう。

 ここで、住民が自分たちの発想やモチベーションで行動することで、まちの魅力を引き出し、強化し、結果的に来街者にも楽しんでもらえるまちに変えていった事例を紹介しよう。これらの活動はシビックプライドの発露と考えることもできるし、活動をする過程でシビックプライドが見出されたケースもあるだろう。

「外はみんなのもの」の精神が実現させた回遊路(長野県小布施町)

伊藤香織 シビックプライド 小布施町 回遊路
小布施町の造り酒屋の敷地内を通り抜ける回遊路は、栗木の舗装が施されている

 長野県小布施町のまちなかでは、個人宅の庭先、造り酒屋、喫茶店などを通り抜けていける回遊路網がある。個人の庭を一般公開するオープンガーデンは各地で行われているが、小布施町ではそれらの開かれた庭をさらにつないでいるのだ。

 場所によっては、以前に町が整備した歩道と同じ栗木敷きの舗装で整備されるなど、地権者によってそれぞれ工夫がなされている。

 小布施町では、1980年代の「町並み修景事業」以来、住民が自分たちで考え、実行する町並みづくりが進められてきた。

 その中で培われてきた精神が、「外はみんなのもの、うちは自分たちのもの」だ。この「外はみんなのもの」の精神が、民有地を縫っていく魅力的な回遊路にも受け継がれているのだろう。

自分たちの日常を楽しむことから始まった商店街再生(新潟県新潟市 上古町商店街)

伊藤香織 シビックプライド 上古町商店街
上古町商店街を気に入った若者らで結成されたヒッコリースリートラベラーズ。「日常を楽しもう」をコンセプトにする彼らの活動は、商店街全体の魅力増幅につながった。写真は、上古町商店街にあるヒッコリースリートラベラーズの店舗

伊藤香織 シビックプライド 上古町商店街 紅白饅頭
笑顔を描いた紅白饅頭

 上古町商店街は、かつてはいわゆるシャッター商店街であったが、古い商店街の雰囲気を気に入った若者らが、自分たちでデザインしたTシャツなどを販売する店を商店街に出店したことで変わり始めた。

 彼らは、商店街ロゴのデザインや、フリーペーパーの発行と街路空間での配布、商店街を舞台にしたイベントの企画など、自分たちの考える「日常を楽しむための仕掛け」を展開していった。商店街や地域のものづくりをベースに新たな商品の提案も行った。

 例えば、商店街の和菓子店の饅頭に笑顔を描いてパッケージデザインを施し、ブライダルギフトの紅白饅頭として売り出すと、全国から注文を受ける人気商品になった。

 その後上古町商店街では新たな出店が増え、現在では古くからの店舗と新しい店舗とがほどよく混在した商店街となっている。商店街の魅力を見出し、それを楽しもうとする彼らの活動が、結果的に商店街自体の魅力の増幅につながっていった。

仏生山まちぐるみ旅館の構想(香川県高松市仏生山町)

伊藤香織 シビックプライド 仏生山温泉
まちの中の「大浴場」の役割となっている、仏生山温泉の浴場

伊藤香織 シビックプライド 仏生山温泉
仏生山温泉の外観。番台を名乗る建築家・岡昇平氏が設計

 門前町として江戸時代から栄えた仏生山の旧市街は、近年衰退が著しかったが、仏生山温泉がオープンしたことをきかっけにまちが変わりつつある。

 仏生山温泉の設計者であり「番台」を名乗る建築家の岡昇平氏は、温泉を「大浴場」としてまち全体をひとつの旅館に見立てる「まちぐるみ旅館」構想を持つ。客室や大浴場、食堂、カフェ、物販店などさまざまな役割がまちの中に点在し、道を廊下とすることで旅館の機能を担うという考え方だ。

 自分が笑顔で暮らせるまちをというモチベーションで始まったが、「まちぐるみ旅館」を構成しうるカフェ、雑貨店、ギャラリー、古書店、宿泊棟などが少しずつ増え、暮すように滞在する流れが小さいながらも始まっている。

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