自分の思いと社会の要請をどうミックスさせるか。「染織ユトリ」主宰稲垣有里さんと若手職人グループするがクリエイティブの、視線を意識した挑戦

2018.04.16静岡県

伝統工芸の世界では、若い担い手は技術の習得に意識を集中させていて、市場のことを考えるのは習熟してから、というイメージを持つ人がいるかもしれない。しかし、今回ご紹介する静岡の若手職人グループ「するがクリエイティブ」も、そのメンバーの一人で染織を専門とし、「染織ユトリ」として活動する稲垣有里さんは、社会からの要請や需要に目を向けながら、制作やさまざまなPR活動を行っている。こうした活動に、観光が果たせる役割はどこにあるのだろうか。

気付いたら、教える仕事の方が多かった

 江戸時代の1634年、三代将軍徳川家光が駿府(現在の静岡市)での浅間神社造営に際し、全国から優秀な宮大工、左官、塗師、蒔絵師、彫り師などの職人を集めた。これが静岡の伝統工芸のルーツと言われている。造営後も静岡に住み着いた職人の流れを汲む漆器や指物などの伝統が静岡市を中心に今も残り、雛人形や雛具は全国トップシェアを誇る。また現在、県内で自動車や楽器、家具などの製造がさかんなのも、この流れによるものだ。
 するがクリエイティブは、こうした静岡の伝統工芸を受け継ぐ、静岡市とその近郊の焼津、藤枝市などの若手職人グループだ。1993年に発足し、時代に向けて駿河のものづくりを伝えていくプロジェクトとして、20~40代の18人で活動する。蒔絵、木工、染色、曲物、塗下駄など、さまざまな専門を持つ職人が所属している。

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稲垣有里さん

 今回はこのメンバーの一人で、染織を専門とする稲垣有里さんにお話をうかがった。染織とは、糸を染めて織るもので、稲垣さんは着物、特に紬を専門としている。静岡市出身で、大学進学のため神奈川県相模原市に引っ越したが、機織り機を置く場所を確保しながら修業を続けるのは難しかったこともあり、27歳の時に故郷の静岡市に戻ってきた。

 30歳のころ、海外で個展を開きたいと考えた。友人がいる国で売り込み、デンマークの日本大使館を訪れたところ、日本の文化を紹介するプログラムとして採用された。2006年に個展を開くと、多くの人が訪れて好評を博した。
 技術力も上がり、問屋に卸すようになっていたが、着物の需要は限られており、また作家に売り上げが入りにくい業界の仕組みも知った。

 2012年、稲垣さんは旧静岡市立青葉小学校を活用した静岡市クリエーター支援センターの一室に入居した。さまざまな人が出入りするその場所で、稲垣さんは子ども向け、高齢者向けなどのワークショップに声をかけられた。それに応えるとまた依頼があり、だんだん教える仕事が増えていった。

稲垣:自分のできることで人が喜ぶこと、社会に貢献できることは何なのかと考えたとき、教える仕事が増えていって、ある日そちらの仕事の収入のほうが物販より上がったことに気付きました。人生わからないなと思いましたね。ずっと作る仕事しかしてこなかったのに。着物は好きだけれど、それだけ追っていっても仕事になりにくいのだから、考え方を変えようと思いました。

 稲垣さんは2015年、静岡駅から徒歩5分の紺屋町地下街に「染織・手芸・こども造形教室 ユトリ・アート&クラフト」をオープンした。ここでは染め、織り、紡ぎ、フエルトなど、その人の好みに合わせて好きなものを学ぶことができる。稲垣さんはすべての工程を一人で教えている。
DSC_0443ユトリ・アート&クラフト

DSC_0434機織り機を使って作品を作れる

 月に4時間または10時間のコースがあり、生徒はその持ち時間分教室に通いながら、自分のペースで進めていく。生徒は女性が9割、男性が1割。50代で、定年退職後の生活を見据えて始めた人も多いという。

稲垣:これまで先生から技術を習ってきましたが、それは自分が預かっているだけで、後ろに流していかないといけないと思います。預かった知識や情報を分けていくことが文化の育成になると思っています。
 それには、こういうカジュアルな教室の方が今は向いているのではないかと思います。山奥の教室も素敵ですが、来られる人が限られます。まちなかのこういう環境でやったら面白い、自分ならこちらに来たいと思いました。

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どんな年代の生徒にも明るく、ポイントをはっきり示しながら優しく教える稲垣さん。講師のオファーが相次ぐのも納得

 一つのものをつくるにも、布を織るところからやりたい人もいれば、糸を染めるところ、糸を紡ぐところからやりたい人などいろいろだ。中には綿を育てるところからやっている人もいる。

稲垣:自分たちが着ているものは何でできているか考えると、畑で綿ができる、そしてシルクやウールなら蚕や羊、つまり虫や動物からできている。そういうことをリアルに考えられるといいと思っています。

 こうした思いから、稲垣さんは今月、教室の主催で羊の毛刈りをするイベントも行った。
 1日で完結する体験教室も行っており、4時間のコースでは自分で色を決めて機織り機で織り、縫製をしてポーチやクッションカバーをつくるところまでできる。
DSC_0436体験コースでつくるポーチ(手前)とクッションカバー

 つくったものは、持ち帰ってきちんと使えるものであるべきだと稲垣さんは考えている。

稲垣:技術を体験してもらうことは当然やりたいですが、自分の生活に入ってくるものができなければ続かない。これだけのものができれば、面白かったというだけではなく、ものでメッセージを運べるので、大事に使ってもらえると思います。それを「これ私がつくったんだ」と周りの人に話をしてもらうことで、さらに広がりが生まれます。

 開店して3年は店に集中しようと、今は着物は作っていない。巾着、ストールなど販売用の小物を作るほか、その年の干支の小物の作成、犬や猫の写真を預かってフエルトで再現など、リクエストに応えている。例えば作ろうとしているものの大きさなど、教室の生徒に「これどう思う」と聞くことも多い。

稲垣:意見を聞けるのでブラッシュアップが早いですね。でも全部は取り入れませんよ。自分にできることとできないことがあるし、すべてのサイズをそろえるわけにもいかないし。でも、そうやって言い合える、ざっくばらんな関係を大事にしています。

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店で販売している小物

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