おとな旅・神戸の魅力 DMOが取り組むべき着地型観光の要点を探る
異国情緒あふれる旧居留地・明石町筋 Ⓒ 一般財団法人神戸国際観光コンベンション協会
行政のジレンマを乗り越えて
これまで紹介した「おとな旅・神戸」を振り返り、従来の着地型商品との違いを考察する。
これまで観光の担い手の中心は、宿泊施設や観光施設、交通事業関係者等であった。団体で名所旧跡をめぐる旅行形態が多くを占める場合はそれで良かったが、今は個人客が自分でプランを組み、自分で手配して旅をする傾向が強まっている。
その傾向を踏まえ、観光地ではそれぞれ「着地型観光」に取り組むようになった。その中では、これまで観光の担い手とされていなかった商工事業者が新たな観光の担い手として観光の裾野を広げることが、観光地域づくりには欠かせない取り組みとなっている。
前章で紹介した「マキシン」の事例では、観光が持つ裾野の広がりが示された。宿泊施設や交通事業者等の「従来の観光振興の担い手」から農商工事業者等の「新たに参画する担い手」への拡大は、観光への取り組みで新たな顧客が開拓され、経済的価値を生み出し、顧客との間でWin-Winの関係が構築されてこそでき上がるのだということを教えてくれる。
これまでの従来型観光事業者だけでの取り組みの壁を打ち破り、地域で新たな担い手を作り上げ、関係者の合意を形成していくことが必要となる一方で、行政は依然として「業界団体や地域とは付き合いやすいが、個別事業者とは付き合いづらい」というジレンマを持ち続けるところが多い。しかし、「おとな旅・神戸」はその慣習をやぶり、魅力ある個別の事業者にスポットライトを当てることで着地型観光の可能性を広げたと言える。神戸市民の生活に触れる商品がリピーターを生む循環は、観光客の神戸での体験の深度を増し、住みたい価値まで作り上げる可能性を秘めている。
だが、こうした個別事業者との企画に二の足を踏む自治体や観光協会もあり、地域の特徴ある着地型観光を実現できない地域は数多い。市長からの抜擢人事で大手の旅行会社から移籍したとある観光協会の専務理事は「おとな旅・神戸」の話を聞いて「どういう考え方で、そんな着地型商品ができたのか」と逆に筆者に尋ねた。自治体は何事にも公平でなければならず、一事業者とのタイアップなどもっての外という考え方である。観光協会の会員でもない特定のお店や事業者にスポットライトを当てるようなことは「会員を大事にしていない」「公平でない」と責められる可能性があるためである。観光協会は会員である事業者としか協働できないという考え方のため、地域観光の担い手の裾野が広がっていない。
神戸市の「おとな旅・神戸」の開発時の担当者はどういう考え方で民間事業者とのタイアップを実現させたのであろうか。ヒアリングをしていくと以下のような点が浮かび上がってきた。
・企画を実施するだけでなく、集客という成果を上げることが重要
・頑張っている事業者、やる気のある事業者にスポットライトを当てる、すなわち出る杭は伸ばせということ
・お客が企画を選ぶのだから、クオリティ優先にしなければ顧客目線の企画にならない
・観光協会の会員だけでなく、非会員もプログラムに参加してもらう。市が補助金を出しているのだから全体の観光振興につながることが重要
・どの民間事業者にも機会は平等に作っており、積極的にチャレンジするという意識がある事業者とタイアップする
という考え方である。
「結果は公平ではないかもしれないが、機会は公平にある」ということだと言えよう。税や社会保障のように法律による「制度的公平性」は誰に対しても公平でなければならないが、地域の観光振興は消費者に選ばれるための事業である。「おとな旅・神戸」は「機会の公平性」が保たれればよしとするという従来のあり方へのブレーク・スルーが生み出した着地型商品だと言える。着地型商品の傑作は行政のジレンマを乗り越えたことで生み出されたのである。
インターネットでは宿泊施設やレストランがリスティングされ、口コミの情報も容易に入手できる時代になった。情報の非対称性(注2)が崩壊した今、顧客目線での着地型観光のプログラムを提供できなければ、消費者から選ばれることはない。観光などマーケティングが必要な「事業領域」は、機会の平等を担保することで地域全体の成果を上げることが求められているという良い事例なのだと言えよう。
参考文献 藤野公孝、高橋一夫編著『CSV観光ビジネス』学芸出版社、2014年
注1「おとな旅・神戸」のプログラム提供者で、事務局と一緒になってそのプログラムを基に着地型旅行商品をプロデュースする役割を担う重要なステークホルダーのことを「市民アドバイザー」と呼んでいる。
注2 市場取引において、買い手と売り手の当事者が有する情報が不均衡な状態であることを「情報の非対称性」と言う。取引の際は当事者間の情報が多い方が有利になる。通常は買い手よりも売り手が商品情報を詳しく把握しているが、インターネットの出現により、情報の非対称性が崩壊しつつあると言われている。
■著者プロフィール
JTB西日本営業本部営業開発部長、東日本営業本部イベント・コンベンション営業部長、コミュニケーション事業部長を歴任。在職中に2004年ロータリークラブ国際大会大阪大会の招致事業などに携わる。流通科学大学サービス産業学部教授を経て、2012年より現職。
総務省地域再生マネージャー、ワールドマスターズゲームズ2021関西大会組織委員会常任委員なども務める。
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