代替現実ゲーム「Ingress」で魅力的なまちづくり プレーヤーも、観光客も、地域住民も喜ぶためには

白井暁彦神奈川工科大学情報学部情報メディア学科准教授

Ingressのこれから

京都・建仁寺にて。ゲームをきっかけにして日本文化に出会う時間を忘れてはいけません
京都・建仁寺にて。ゲームをきっかけにして日本文化に出会う時間を忘れてはいけません

 さて、面白いことばかりのIngressですが、今後はどのようになっていくのでしょうか。

 先日(2015年3月28日)開催された公式大規模イベント「SHONIN」では、前回12月に東京で開催された「Darsana」の5,000人を上回り、世界各地から京都に5,600人以上のエージェントが集まりました。Niantic Labs.代表ジョン・ハンケ氏に加え、門川大作京都市長も参加する肝いり具合、任天堂を擁する京都はゲームに対しては元から理解があり、またハンケ氏も閉会の辞で「咲き誇る桜を見て、文字通り夢の中にいるような気持ちになりました」、「京都市長から京都は生きているミュージアムだと聞きました」とゲームの舞台としての特性をお互いが理解していることが印象的でした。

 京都のように、元から観光資源がある都市においては、ポータルの数も沢山あり、MISSIONSのネタも沢山あり、まちおこしをする側としても地方都市のエージェントとしても羨ましいばかりですが、古都ばかりがポータルのタネではありません。

 京都遠征のついでに子どもとユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)にも行ってきたのですが、そこでも新しい発見がありました。テーマパークといえば待ち時間。ちょうどUSJは春休み期間で、新作アトラクションやテレビCMなどのプロモーションが実施されており、どのアトラクションも2時間以上の待ち時間。そんな中、Ingressを開いてみると、世界各国からのビジターが申請したと思われる沢山のポータル、そして、各アトラクションゾーンのテーマに合わせた名称のMISSIONSがあり、子どもたちはクルマなどの危険もなく、ゲームとテーマパークの重畳した世界を楽しむことができました。

 (誰が作ったかは分かりませんが)このようなエンタテイメント施設×代替現実ゲームの組み合わせは親和性が高く、連携は開発されていくべきと考えますし、今後、オリンピック開催地として、数多くの来訪者を迎えるにあたり、Ingressを含め、あらゆる代替現実チャネルを「おもてなしの心」で、品質高く開発していく専業デベロッパーの存在は必要と感じます。

予想をはるかに上回る5,600人以上の参加者が集まった京都SHONINでのアフターパーティの様子
予想をはるかに上回る5,600人以上の参加者が集まった京都SHONINでのアフターパーティの様子

 今後、Niantic Labs.社はIngressで培った技術を応用し、一般のゲーム開発社向けに技術基盤を提供することを発表しています。このような環境が提供されれば、これまでのポータル資産も引き継がれつつ、幅広い開発者が代替現実ゲームを開発することができます。またNiantic Labs.社自身の新たな代替現実ゲームタイトル「ENDGAME」のリリースも発表されています。新たなゲームの詳細はほとんど明かされていませんが、12種族もいるそうですので、より一層戦いは複雑になるでしょう。一方で、殺伐とした奪い合いだけでなく、純粋な旅や発見に注目したゲームも登場することでしょう。スマートフォン所持の低年齢化とともに、代替現実ゲームが社会問題になる時代も早々にやってくるでしょう。

USJにて。テーマパークと待ち時間に重畳したゲームを体験中
USJにて。テーマパークと待ち時間に重畳したゲームを体験中

 しかしながらIngressを通して、この「ゲームの外側」の開発過程を目のあたりにしている我々にとって、本当にシリアスな問題が起こってしまってから対策するようでは「真の優秀なプレイヤー」とは言えないのではないでしょうか。支配や略奪といった闘争心だけではなく、目の前にあるポータルと、それを生み出した発見と探究心、体を動かし、自分自身の変化や気付きや可能性を楽しむ「心と時間の余裕」が、Ingressプレイヤーの原動力になっていることを忘れてはいけません。ゲームの中だけではなく、そのフィールドとなる魅力的な来訪地を作り出し、その工程を楽しむことが、将来の、もっと楽しく価値のあるプレイヤーを呼びこむための最大のコツであることを明記して、筆を置きたいと思います。

著者プロフィール

白井暁彦

白井暁彦神奈川工科大学情報学部情報メディア学科准教授

東京工芸大学工学部写真工学科卒、同工学研究科画像工学専攻卒、キヤノン(株)、英国のゲームエンジン開発企業クライテリオンの立ち上げに従事、東京工業大学総合理工学研究科知能システム科学専攻にて子ども向け触覚エンタテイメントシステムの研究で博士(工学)を取得。NHK-ESにて次世代コンテンツのためのバーチャルセットの研究、2004年末よりフランスLaval市にてVirtual Realityによる地域振興に参加、2008年より帰国し日本科学未来館にて科学コミュニケーター、2010年より現職。ゲームクリエイターや科学館・博物館での展示物開発、メディアアーティスト育成のための教育研究に従事。原稿執筆時点、IngressはA10。ポータルが少ない地域を逆に利用して、東京圏ランキング上位にいることもある。趣味は世界のポータルキー集め。

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