代替現実ゲーム「Ingress」で魅力的なまちづくり プレーヤーも、観光客も、地域住民も喜ぶためには

白井暁彦神奈川工科大学情報学部情報メディア学科准教授

Ingressとは? ―歩いて熱中する人々―

 「ゲームが観光客を連れてくる」と聞いて「そんなまさか」と思う方は多いでしょう。ゲームと言えば、テレビや携帯電話の中でのみ起こっている楽しみであり、観光客を集めたい側からすれば、ゲームと観光はまさに「敵対する勢力」という感覚があるのではないでしょうか。

 本稿ではGoogleが開発運用する最先端のスマートフォンゲーム「Ingress(イングレス)」(http://www.ingress.com/)によって起きているムーブメントを紹介します。

 IngressはGoogleの社内スタートアップである「Niantic Labs社」が2013年12月にリリースして以来、2015年2月現在、世界で1,000万ダウンロードされている無料の『代替現実ゲーム』です。『代替現実(Alternate Reality)』とは、実際にある現実と並行した世界をコンピュータの力を借りて実現する技術で、分かりやすく表現すれば「スマートフォンに標準搭載されたGPSやGoogle Mapsのデータを使って、実際の地理を使って遊ぶゲーム」と言えるでしょう。

Ingressのプレイ画面。スマートフォンは「スキャナー」という秘密のソフトウェアという設定で、XMという未知のエネルギーを回収する
Ingressのプレイ画面。スマートフォンは「スキャナー」という秘密のソフトウェアという設定で、XMという未知のエネルギーを回収する

XMが噴き出す場所は「ポータル」と呼ばれ、街中の像やアート、人が集まる場所に多く存在する
XMが噴き出す場所は「ポータル」と呼ばれ、街中の像やアート、人が集まる場所に多く存在する

もちろん実際の像はいつもと変わらない。プレイヤー自身がポータルを申請することができる
もちろん実際の像はいつもと変わらない。プレイヤー自身がポータルを申請することができる

 ゲーム上のSF設定ではIngressのプレイヤーは「エージェント」と呼ばれます。Ingressのプレイ方法は誰にでもできるシンプルなもので、反射神経や複雑な知識、課金要素はありません。基本は「歩いてポータルに行く」、これだけです。ポータルから40メートルの距離に行くと「ハック」することができます。ハックといってもボタンを押すだけです。運が良ければさまざまなアイテムが手に入ります。

 ゲームの目的もシンプルで、緑勢力(エンライテンド;未知のエネルギーXMを使って人類を新しいステージに導こうとする覚醒者)と、青勢力(レジスタンス;XMを信用せず、エンライテンドを阻止する保守派)の2派に分かれて陣取り合戦をしています。しかし奥深いのは、これが実際の世界と人々、社会を巻き込んだゲームであるということです。エージェントは通勤途中や日々の暮らしの中で「エージェント活動」と称し、Ingressを熱心にプレイしています。

 “病的”なまでに熱心なIngressのプレイヤー「廃エージェント」の行動は、一般の人にはちょっと理解されないかもしれません。SNSはTwitterやFacebook以外にGoogle+を使い、通勤途中にハックするため、朝は始発電車に乗り、職場から2駅ほど離れた駅で下車して歩いて会社に行きます。一日に10キロほど歩く人も珍しくありません。「リアル課金」と称し、飲料を買い、交通渋滞や急行に乗りそびれて各駅停車に乗った時などは「ラッキー」と思います。コンビニは「ローソンか、その他コンビニか」という見え方をしています。Ingressと提携しているローソン全店がポータルになっているからです。青や緑の服や自転車をリアル課金し、スマートフォンの充電池を2、3個持っています。病的ではありますが、身体は健康そのものです。Ingressがうつ病やダイエットに効果があることは、エージェントであれば、よく知っています。筆者の調査ではエージェントは30~40代のSFファンが多く、独身男性だけでなく、女性、夫婦、家族といったプレイヤー層が増えつつあるのも特徴的です。

もちろん実際の像はいつもと変わらない。プレイヤー自身がポータルを申請することができる
なんということはない公園の写真ですが、全員“エージェント”です

 しかしなぜ、それほどまでに熱中してやってしまうのでしょうか? 大きく分けて3つの理由があります。1つはスマートフォンというデバイスの気軽さ、もう1つはゲームの世界を演出するSF世界観、そして「自分の足で歩く」という点でしょう。これは筆者自身の研究分野ですが、いわゆる体を動かす遊びは「感覚運動あそび(Sensory Motor Play)」といい、乳幼児を含む幅広い年齢層で遊ぶことができ、直感的に楽しいと思う要素があります。人間は走ったり、体を動かしているだけで楽しく、外界を操作・支配できるようになることを楽しいと感じるのです。現実と重畳したゲームの世界を自分の色に染めることはまさにその「楽しい行為」をスマートフォンという生活に浸透したデバイスによって、代替現実ゲームという形で実現しているということです。

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