連載「地域ブランドの作り方」成功のための12のハードル ~その11.旧態依然のマーケティングDNAというハードル~マーケットの変化に対応した観光地域づくり~

福井隆東京農工大学大学院客員教授・地域生存支援有限責任事業組合代表・NPO法人エコツーリズムセンター理事

2019.04.22長野県

「良い」や「安全」は当たり前、量ではなく、ご贔屓をつくる

 まず「1」についてです。連載の中で既に述べましたが、「良いところだから来てくれ」「来てくれれば良さがわかる」「良いものだから売れる」という時代は終わってしまいました。「良いところ、良いもの」「安全・安心」は、マーケティングの上では前提なのです。そして、良い商品ばかりがあふれていることから商品のコモディティー(汎用品)化が起こっており、個性(優位性)やスペック、産地の差が見えにくくなっているのです。そのため消費心理としては、汎用品なのでどれを買っても、どこに行っても一緒となり、価格競争と安定供給が選ぶための基本条件になってしまいます。

 このようなことから、「イイモノを、より安く、大量に」(みんなに)という松下幸之助氏が提唱し大成功した高度成長時代のマーケティングモデルは、新たな市場競争の中では機能しにくくなっています(すでに勝ち組が圧倒的シェアを押さえているので、コモディティー市場に参入するのは難しい)。

 加えて、国内の生産年齢人口が減少する中で、消費額はますます減少していくでしょう。そこで、この新たな時代においてはマーケティングの原則も大きく変わっており、「イイモノを、より高く(価値を極める)、何度も(ご贔屓をつくる)買ってもらう、来てもらう」ことが重要になってきています。

 すなわち、価値を理解し、応援してくれるご贔屓を増やす時代になっているのです。言い換えると、マーケティングにおいては「量ではなく、価値を極めることを最大限に追求するべき」(『観光亡国論』アレックス・カー、清野由美/著より引用)なのです。

 旧態依然のマスツーリズムとFIT(海外個人旅行)の観光消費について、少しシミュレーションしてみましょう。

 例えば、ある山村集落で10軒の農家民泊がインバウンド観光客などに利用されているとしましょう。

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年間3,000人の宿泊実績がある祖谷地域

 のべで1日12名の宿泊客として、稼働300日、そして観光庁の2018年のインバウンド動向統計から、1日の消費金額は16,800円とすると、6,048万円の年間売り上げとなります。加えて、2020年に訪日外国人4,000万人、8兆円として計算すると、1日の消費金額は約22,000円となるため、7,920万円まで増加します(このシミュレーションの稼働日と1日の宿泊延べ客数は、徳島県三好市の祖谷地域の宿泊施設の実績を参考にして計算しました)。

 それに対して、マスツーリズムで訪れる大型観光バスの滞在時間を長く見積もって1時間とし、利用金額も最大1,000円と仮定すると、先の年間売り上げを達成するためには年間6~8万人(1日あたり200~270人)もの観光客を受け入れる必要が生じます。

 それに対してFITの個人客であれば、3,600名でいいのです(実際に『観光亡国論』によると、祖谷地域では9軒の宿で年間3,000人の宿泊実績があるそうです)。

 加えて団体観光客の場合、ゆっくり地域の良さを体験するわけではないので、今後増やすべき地域に何度も来てくれるご贔屓客を生み出すことは難しいでしょう。反対に、第8回の連載でも触れた(一社)そらの郷によると、祖谷地域には「千年のかくれんぼ」というコンセプトに惹かれ、台湾人やフランス人を中心に人気が高まり多くの個人客が訪れているようです。これからの地域ブランドづくりにとって重要なことは、量を追いかけるのではなく、いかに価値を極めるか、価値を理解し育てていただけるご贔屓を生み出せるかなのです。

地域の優位な資源を真剣に探すということ

 次に、「2」地域にある優位な資源(モノ・コト)に焦点を当て、コアコンピタンス(競争優位な能力)として活かし商品化・販売をすることの大切さを、そして「3」コアコンピタンスに基づくコンセプトの実現によって成果をあげることについてを、イタリアのマテーラとインドネシアのバリ島の事例を基に示します。

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スラム化した町から見事に復活し、観光でも人気のマテーラ

 2019年の欧州文化首都に選ばれたマテーラは、かつて欧州の恥とまで言われたスラム街でした。1952年に、イタリア政府はスラム化し治安や衛生状況が劣悪になっていたマテーラから住民全員を強制退去させ、居住が再開される1986年までの35年間この町は不気味なゴーストタウンになっていました。しかし、この町は見事に復活し、観光においても人気になっています。

 その魅力の核になっているのが、サッシと呼ばれる岩でできた街のつくりとその暮らしなのです。旧市街の全てが、凝灰岩でできた丘に沿って洞窟を掘り住居になっています。例えば、写真にあるホテルでは洞窟の中に郷土食を並べた食堂で、バラエティー豊かな朝食がとれるようになっていました。同時に、洞窟が分散した住居のため、たくさんの部屋を持つホテルはつくれないので、ここでは逆に個性豊かな複数の部屋をマネジメントし、アルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)として営業をしていました。

 ここからもわかるように、マテーラでは不便で不潔であった洞窟での住まいを上手く活かし、コアコンピタンスとして洞窟の暮らしに焦点を当て人気のディスティネーションになっているのです。

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洞窟住居を再利用したホテルの食堂

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