国民的映画『男はつらいよ』から考える温泉地のあり方とは
寅さんが訪ねた温泉地の特徴
第30作『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』に登場する大分県湯平温泉。当時と変わらない石畳が続く
寅さん映画の公開は1969年、人類が初めて月面着陸を果たした年です。シリーズが終了したのは戦後50年にあたる1995年。阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件が起こった年でもあります。寅さんが駆け抜けた27年間は、高度経済成長やバブルによって、日本の風景、日本人の暮らしが大きく変わっていった時期と重なっています。
この間、『男はつらいよ』に描かれた温泉地は北海道から鹿児島まで45カ所。その中で「寅さん自身」が訪ねた温泉地は40カ所。啖呵売(商売)でのみ訪れた温泉地および風景としてのみ描かれている温泉地を除くと16カ所の温泉地に滞在しています。この16カ所の温泉地で寅さんが何をしたのかを調べてみたところ、以下のように分類することができました。
- 女将らに惚れて番頭として働く
三重県湯の山温泉、島根県温泉津温泉 - 自分や他の人を慰めるために滞在
青森県嶽温泉(傷心の自分を)、宮城県鳴子温泉(自殺未遂のサラリーマンを)、東京都式根島(タコ社長の娘を)、大分県天ヶ瀬温泉(離婚した母娘を) - 宴会・式
長野県別所温泉(旅芸人一座をもてなす)、大分県湯平温泉(法要)、長野県南木曽「紅葉館」(宴会、親戚である博の父のおごり)、北海道養老牛温泉(結婚式)、佐賀県古湯温泉(郷土史研究会と宴会) - 人探し(日帰り)
鹿児島県鰻温泉、静岡県下田温泉 - 地元との交流
熊本県田の原温泉、北海道ウトロ温泉、東京都式根島の温泉 - 旅人同士交流
北海道支笏湖温泉
上で分類した1~6のうち、温泉地以外の場所でも行っていること(例えば、4の人探しや、6の旅人同士の交流など)を除き、温泉地だけの特徴は何かをピックアップしてみると以下の3つに分けられます。
A.働き手として滞在する
B.自分や他の人をなぐさめる
C.地元との交流
Aについて、例えばお寺や豆腐屋、お店など個人の家に滞在しているときの寅さんは、同じように働き手となっています。すなわち、映画の中で温泉宿を家業として描いているということが分かります。
Bは温泉地の核心的な部分です。温泉地は豊かに湧き出すお湯があってこそ、栄えた場所。そのため、お湯を中心とした滞在の仕方というのが基本です。映画でも、嶽温泉や鳴子温泉では「湯に浸かって心を慰める」といった描写がされています。
今や、体が疲れるというよりも、心が疲れる時代。この夏、32年ぶりに改訂された温泉の適応症にも「ストレスによる諸症状(睡眠障害・うつ状態など)」「自律神経不安定症」といったメンタルヘルスへの効能が新たに加わりました。心をいたわる湯治場としての役割がこれからの温泉地には求められていくのではないでしょうか。
Cの地元との交流も、「心をいたわる」ことに繋がってきます。
先日、とある山の湯宿で、毎年1週間ほどその宿に滞在する60歳代前半のご夫婦に出会いました。話をうかがったところ、「宿の女将さんが亡くなった母に似ている」とのこと。それが、滞在の理由の一つになっているようでした。
別の温泉宿でも、独り暮らしの男性常連客(60歳代)が、「女将さんが気さくで話し相手になってくれる」とリピートする理由を話してくれました。
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