アクセシブル・ツーリズムの広がりに向けて、観光地がすべきこと、発信すべき情報

尻無浜博幸松本大学総合経営学部観光ホスピタリティ学科教授

2017.10.17

インバウンドにおけるアクセシブル・ツーリズムの現状

 以前「なぜ日本版、松本のガイドブックを作らないのか?」と聞かれたことがある。「(アクセシブル・ツーリズムとしての)焦点がしぼりにくい」と誠に失礼ながら応えた記憶がある。今でも地元(松本)のアクセシブル・ツーリズムガイドブックを作成する予定はない。決して、日本国内どの地域と比較しても特段(おもにハード面での整備が)劣っているわけではなく、むしろ、ある程度の整備はされている方である。しかし、アクセシブル・ツーリズムで想定される対象者は、未だ少数派であって、そのための新しい取り組み、そのための施設の増改築、そのためのさまざまなシフトづくりには至っていないのが現状である。やはり、まだ自分の意識の中で一般的な旅行の対象者になっていないと思っている態度や対応が残っていると感じるばかりである。

 例えば、下記のホームページは台湾のある旅行会社の旅行プランを案内する画面である。アクセシブル・ツーリズムを表す部分を赤いハートマークにしてわかりやすく表記し、一般のツアーと一緒に募集をしている。詳細な説明にも高齢者・障がい者に最適と記して一般化している。そのためか、台湾では障がい者や、ご高齢の家族を伴って旅行に出かける人が多い。

アクセシブル・ツーリズムの広がりに向けて、観光地がすべきこと、発信すべき情報
台湾の旅行会社のウェブサイト。右下にアクセシブル・ツーリズムを表す赤いハートマークが表示されている

アクセシブル・ツーリズムの広がりに向けて、観光地がすべきこと、発信すべき情報
ウェブサイトでは一般向け、高齢者・障がい者向けを一緒に募集をしている

 アクセシブル・ツーリズムで想定される対象者は、一般的には高齢者や障がい者である。その特徴は、同伴者と一緒に旅行する割合が高いので、同伴者の協力を得やすいことである。サポートをお願いされることには比較的慣れていると思われる。

 そこで大切なことは、まずこちらが受け入れ姿勢を表明することである。また、心遣いのある受け入れ態度で臨むことが大事である。その際、はじめから全てを整えようと思うと無理があるので、一人(一組)からの受け入れを積み重ねていくことではなかろうか。時には、組織的なルールやマニュアルを超越しなければならない場合もあるだろう。

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学生が企画したアクセシブル・ツアーin阿蘇 

アクセシブル・ツーリズムの準備に向けて

 国外観光地のガイドブック作成や、国内で台湾の障がい者団体の旅行受け入れによって感じたことを、まだ個人的見解ではあるがハード面とソフト面で整理してみた。

 ハード面では、まずスペースの確保が大切である。広さの目安は、基本的に「車いすが回転できるスペース」である。立派な車いす用トイレが設置できなくてもある程度のスペースがあれば用は足りる。お風呂場も同様で、シャワーチェアーの要望が多い。また、温泉地など大浴場での入浴は旅の醍醐味であるため、家族風呂や時間貸しでの入浴希望も少なからずある。

 次は移動を考えることである。

 階段や段差が移動の妨げになる場合は多いが、持ち運び可能な移動式の折りたたみスロープを用意することができれば、2~3段の階段は移動可能になる。観光地への移動手段として介護タクシーの予約など、必要な連絡先を把握しておくと喜ばれる。

 ソフト面では、まずはお客様をどのように迎え入れようとしているのかを態度や対応で示すことである。時として、一般のお客様よりさらなる心配りが必要となることがあり、受け入れ側の不適切な高齢者観や障がい者観が表出することもありえる。人間関係はアクセシブル・ツーリズムを整える上で重要なファクターになる。

 以上のように、心のこもった準備が少しでも進めば、これまで旅行者としてはあまり考えられていなかった高齢者・障がい者がもっと旅行をするようになるのではないか。いまやわが国は世界に誇る健康長寿の国である。アクセシブル・ツーリズムの進み方によっては観光産業のみならず、観光を活用した自分たちの生き方につながり、(障害者権利条約を意識しながら)新しい社会の価値(障がいのない人との平等など)を生んでいくのではないかと思う。

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アクセシブル・ツアーin飯綱高原スキー場 学生が台湾の車いすユーザーを案内。コミュニケーションや案内の仕方を模索

著者プロフィール

尻無浜博幸

尻無浜博幸松本大学総合経営学部観光ホスピタリティ学科教授

松本大学総合経営学部観光ホスピタリティ学科学科長・教授
鹿児島県阿久根市出身。
ルーテル学院大卒。介護福祉士養成施設校専任教員や病院の管理運営等を経て平成18年より准教授、25年教授、28年学科長。
日本地域福祉学会、日本介護経営学会、JANNET(障害分野NGO研究会)所属。
社会的主な活動は、安曇野市地域福祉計画推進・策定委員会委員長、松本市地域包括支援センター・地域密着型サービス運営協議会会長、松本市多文化共生推進協議会委員長など務める。
「福祉行財政と福祉計画」(弘文堂)や社会福祉士国家試験対策用語辞典など著書多数。

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