地域公共交通で人の「対流」をデザインする

吉田 樹福島大学経済経営学類准教授

2017.06.07

人の動きを「見える化」し、新たな「対流」を創り出す

 「交通まちづくり政策」の「小さな実践」から、「対流」の促進にどうつなげるのか。『おちょこパス』の事例に限らず、近年では、全国各地で地域公共交通を活用したパッケージ化が盛んであるが、商品を造成することが「ゴール」ではなく、旅行者の回遊性向上や地域住民の「おでかけ」機会を創出しているかを評価し、改良することが有効である。

 『おちょこパス』の場合、発売開始にあわせ、モニターツアーを実施した。参加者には、会津若松駅前のバスターミナルに集合を依頼し、各自が『おちょこパス』を購入して、午前10時前~午後1時半過ぎまで自由行動をしていただいた。モニターのうち協力が得られた30人の方々に、GPSロガー(Holux社m-241)を身につけていただき、富士通ネットワークソリューションズ株式会社が運営するスマートフォンアプリ『東北桜旅・酒蔵旅ナビ』に「おちょこパス」のモデルコースや協賛店スポット情報、「まちなか周遊バス」の停留所や時刻表を実装させ、モニター16人に利用いただいた。

地域公共交通で人の「対流」をデザインする
図-4 『おちょこパス』モニターツアー時の旅行者密度(午前11時~11時30分)

 GPSロガーには、モニターの位置(緯度、経度)が5秒単位で記録されており、それをGISソフト(Esri社ArcGIS)上に読み込まれることで多様な空間解析が可能になる。図-4は、モニターの行動軌跡図における打点の分布(密度)をもとに、ArcGISのエクステンションであるSpecial Analystを用いて、ヒートマップ(カーネル密度図)を作成したものである。

 相対的に多くのモニターが長い時間立ち止まっている地点ほど、暖色系に着色されているが、末廣酒造や七日町通りに加え、鶴ヶ城周辺にも高いポテンシャルの地点が認められ、『おちょこパス』が酒蔵をハブに観光者の回遊性を高めていたことが読み取れる。
 一方で、それ以外の地区への立寄りは少なく、七日町通りでも立寄りのあった店舗は数カ所に集中していた。
 また、アプリの検索ログでは、モニターツアーの起点となった会津若松駅を出発する直前にモデルコースが多数検索されており、コースの選択肢を増やすことで、地域内の「対流」を創り出せる可能性が示唆された。

 ICTや測地技術の進展により、観光地域マーケティングの技法も多様化しているが、旅行者の動きを可視化することは、「交通まちづくり政策」における「小さな実践」の効果計測や新たな「対流」を創り出すシーンにも援用可能であり、こうした分析技術を有する人材を育てることが求められる。

注1)吉田 樹「東北地方における地域交通と都市間交通の課題と展望」『交通工学』第51巻3号、pp.4-7、2016年.

注2)会津若松市観光課資料

注3)会津若松市内には、会津酒造組合加盟の蔵元だけで15軒存在している。

 

著者プロフィール

吉田 樹

吉田 樹福島大学経済経営学類准教授

東京都立大学大学院都市科学研究科博士課程修了。博士(都市科学)。
首都大学東京都市環境学部リサーチ・アシスタント、同助教、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任准教授を経て現職。
●研究テーマ等
地域交通政策の研究(システム論、政策・制度論、交通事業経営論)、観光や交通をツールにしたまちづくり

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