地域公共交通で人の「対流」をデザインする

吉田 樹福島大学経済経営学類准教授

2017.06.07

人の「対流」を創り出す地域公共交通

 人口減少社会に直面しつつあるわが国の地域経済やコミュニティの持続性を高めるためには、地域内さらには地域間の人やモノ、お金や情報の循環を創り出すことが求められる。国土交通省が2014年7月に公表した『国土のグランドデザイン2050』でも「対流促進型国土の形成」というキャッチフレーズが掲げられ、この点が強く意識されている。「対流」は、水や空気の温まり方として、小学校の理科で学習するが、ビーカーのなかにおがくずを沈め、下から加熱するとゆっくり動き始める様子を観察した記憶がある。「対流」の発生には、熱源はもちろんのこと、温度差の発生や重力の存在が欠かせない。これらを人の「対流」を創り出す要素に置き換えて考えてみる。

修正1-2
図-1 ある地方都市の光景(左:中心市街地、右:郊外) ※筆者撮影

 まず、温度差は、地域ごとの魅力の違いとして捉えることができる。人が集まるにぎやかな場所、自然のなかで佇める場所など、地域ごとに異なる魅力があることで、人々が交通する動機が生まれる。しかし、わが国の地方都市を眺めると、こうした「魅力差」が失われてしまっている。

 図-1は、ある地方都市(人口約15万人)の中心市街地と郊外のロードサイドを撮影したものである。左側が中心市街地を撮影したものであるが、銀行やビジネスホテルのほか、いくつかの個人商店が立地しているが、空き店舗も少なくない。対して郊外のロードサイド(右側)では、大型ショッピングセンターのほか、全国チェーンの小売店やレストランの看板が目立つ。モータリゼーションの進展により、小売店は鉄道駅やバスターミナルなどの周辺に立地させなくても顧客を獲得できるようになった。さらに地代の安い郊外に広大な駐車場と店舗面積を備えた全国チェーンの小売店は、家業を主体とした商店街の店舗と比べて品揃えや価格などの面で優位に立っている。そのため、「政策的に」誘客したい中心市街地への「対流」が生まれにくい状況にある。

 次に、人の「対流」を創り出すうえで欠かせない重力に相当する役割を担うのが、道路や線路、駅やターミナルといった交通ネットワークや交通手段であり、なかでも、地域における「対流」を支える重要な役割を担っているのが路線バスをはじめとした地域公共交通である。モータリゼーションが進展した今日でも、すべての人が自家用車を運転あるいは利用できるとは限らない。
 交通政策基本法(2013年12月4日施行)の第二条では、「交通が、国民の自立した日常生活及び社会生活の確保、活発な地域間交流及び国際交流並びに物資の円滑な流通を実現する機能を有するもの(・・・以下略)」と記されているが、地域公共交通が「単に」確保されるだけではなく、日常社会生活に欠かせない活動目的(通勤、通学や買物、通院など)に「使える」ものでなければ、地域内の「対流」を支えることはできない。

 また、近年では、インターネット通販などデリバリー型のサービスが充実してきたが、「おでかけ」すること自体に価値が見出されなければ、地域内、さらには観光シーンも含めた地域内外の「対流」を生み出すことはできない。

地域公共交通で人の「対流」をデザインする
 表-1 震災・原発事故前からの外出状況の変化

 表-1は、筆者らが福島県南相馬市(人口約6万人)と山形市(人口約25万人)の居住者を対象に実施したアンケート調査(2015年夏に実施)の結果を示したものである注1。いずれも、5年前(すなわち、南相馬市の場合は、東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、原発事故)の発生前)と比較した外出状況の変化を年齢層別に整理した。

 その結果、南相馬市民は、山形市民と比較して、全ての年齢層で「行きたい場所が少なくなった」と回答した割合が有意に高かったが(χ2検定)、55歳以上の層では「外出がおっくうになった」とする回答も有意に多くなり、外出意欲が低下する傾向が見られた。 一方、5年前と比べて「自家用車を運転するようになった」とする回答が南相馬市民で相対的に多くなったのも55歳以上であり、「外出がおっくうになった」とする回答が有意に多くなった年齢層と一致している。

 南相馬市は、原発事故後に再開していない店舗等が少なくないことに加え、郊外店舗の開発余地も小さく、各年齢層で「行きたい場所が少なくなった」という回答が多くなったと考えられる。また、地域内の移動手段が十分に確保されず「自家用車を運転せざるを得ない」環境もあり、中・高齢層の外出意欲の低下を招いているとも考えられる。 このことは、原発被災地の特徴として捉えられるとともに、都市規模の違いによる商業等の集積や地域内交通網の差にも起因していると考えられる。

 小規模自治体や人口減少下の地域では、「おでかけ」のきっかけを提供する取り組みを「交通政策」に結びつけることが重要であり、一時的な施策やイベントの羅列ではない「交通まちづくり政策」が求められる。

 「対流」を生み出す3点目の要素である熱源は、「交通まちづくり政策」を立案し、継続することに他ならない。『国土のグランドデザイン2050』が示された後、都市再生特別措置法の改正(2014年8月)や地域公共交通活性化・再生法の改正(同年11月)などが進められ、これらの法定計画である地域公共交通網形成計画や立地適正化計画の策定が全国の市町村で進められている(ただし、策定は任意である)。

 公共交通ネットワークの軸や拠点を描き、土地利用計画と連動させることが狙いであるが、施策の効果が得られるまでには十年単位の年月を要する。そのため「交通まちづくり政策」は、こうした中長期にわたる政策の継続性を担保しつつ、短期的には、多様な主体が連携した「小さな実践」を重ねることが有効である。

1 2 3

スポンサードリンク