地域公共交通で人の「対流」をデザインする

吉田 樹福島大学経済経営学類准教授

2017.06.07

人とまち、産業を結びつける「小さな実践」

 地域公共交通を活用した「交通まちづくり政策」の「小さな実践」例として、筆者とゼミ生が関わった会津若松市の例を紹介したい。会津若松市の市街地に隣接した温泉地である東山温泉は、年間47万人余り(2015年)が訪れるが2、会津若松駅を起点に、鶴ヶ城や七日町、飯盛山といった観光地点を経由する「まちなか周遊バス」が地域内に乗り入れ、公共交通を利用した観光にも便利な立地である。しかし、近年は観光客入込数が減少基調にあり、NHK大河ドラマ『八重の桜』で多くの観光客が訪れた2013年度も、市全体や鶴ヶ城の観光客数が大幅に増加したなかで、微増に止まった。

 東山温泉の宿泊施設からも「宿泊客は、宿泊施設から外に出ず、次の観光地に向かう傾向が強く、温泉地や会津若松市街地をまちあるきするきっかけが少ない」という意見が聞かれ、東山温泉と会津若松市街地との間で観光客が回遊する「対流」が弱まっている。

 一方、会津若松市街地には、半径1kmの範囲に数多くの酒蔵3が立地する全国的にも珍しい特徴がある。見学や試飲を受け入れる酒蔵もあり、観光客の有力な目的地になっている。なかでも、末廣酒蔵(嘉永蔵)は、カフェを併設し、個人旅行者は予約不要で見学や試飲が可能であり、「訪ねて楽しい日本酒の蔵元全国1位」(日本経済新聞2013年1月27日)に選ばれている。

 「酒蔵巡り」は、自家用車やレンタカー利用では楽しめないアクティビティであり、路線バス利用との相性が良い。そこで、東山温泉をはじめ市内の宿泊施設を起点に、「まちなか周遊バス」を利用して、市内の主要な観光地点や酒蔵を巡る企画乗車券『おちょこパス』の造成を筆者のゼミ生が提案し、2017年1月21日に発売開始された。

地域公共交通で人の「対流」をデザインする
図-2 『おちょこパス』のコンセプト

 『おちょこパス』は、伝統工芸品である会津漆の「おちょこ」を「まちなか周遊バス」の一日乗車券としたものであり、市内の23店舗(2017年5月時点)で特典が受けられるほか、末廣酒蔵(嘉永蔵)では、常時数種類の日本酒を「おちょこ」で試飲できる(つまり、「おちょこ」が乗車券にも試飲の際の酒器にもなる)。また、同じく伝統工芸品である会津木綿のホルダーも製作し、旅行者が首から「おちょこ」をぶら下げてまちあるきを楽しむことで、「おちょこ」が旅人と地域とをつなぐコミュニケーションツールになる(図-2)。

 『おちょこパス』の売上は、バス事業者(会津乗合自動車株式会社)にとどまらず、会津漆や会津木綿の製造・卸売業者にも波及することになり、地域内経済循環に貢献することが期待される。

修正5
図-3 産業観光ミーティングの光景

 このように、地域公共交通は、人とまちや産業を結びつけるプラットフォームになるが、ゼミ生の提案が社会実装されるまでには1年余りの期間を要した。図-3は、会津若松市産業資産利活用推進協議会が主催する「産業観光ミーティング」で『おちょこパス』の企画を筆者のゼミと会津乗合自動車の共同で提案した際の光景である。七日町まちづくり協議会、会津酒蔵組合をはじめ、産業界との協力体制の構築が図られる契機となった場であるが、アイデアから「小さな実践」を創り出す場づくりが地域の交通行政や観光行政には求められる。

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