「能登の里山里海」を保全しながら地域再生へ

香坂玲東北大学大学院 環境科学研究科教授

2016.09.16石川県

農家民宿の一大拠点「春蘭の里」の取り組み

 NHKの朝ドラや朝市で注目される輪島市と比べて、他の奥能登と呼ばれる地域の市町村は、知名度で劣るというのが実情ではないだろうか。そのような中で、民泊、農家民宿の取り組みとして、他の自治体や海外から頻繁に団体旅行客を受け入れているのが、農家民宿の一大拠点となっている「春蘭の里」だ。

 中心的な役割を果たしてきたのが、能登町の元町議会議員で、現在は農家民宿「春蘭の宿」を営みつつ、50を超える農家民宿の連合体で「春蘭の里」の事務局を運営する多田喜一郎さんだ。石川県能登町で、「元気な地域への再生」を目指して、18年前から挑戦を続けてきた。

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多田喜一郎さん(左)と著者

 根底にあるのは、若い世代の流出と人口減少への危機感だ。かつて、多田さんが小学校を卒業する時には、1学年25名の児童がいたが、現在では1学年1名程度まで減少している。地域外の学校に出て行った若者や、都市部の若者、あるいは海外の人が何とかIターン、Uターンできる環境制度ができないかと知恵を絞った。

 家族を養っていくためには、売り上げが40万あれば農家民宿をしながら生活をしていけるのではないかということを出発点に、さまざまな試みをしてきた。最初は、農産品を中心とした特産品、いわゆるお土産の開発や一村一品に近い活動を展開した。だが、一時的には売り上げなどがあっても、すぐに競合する製品が出てくるなど、収入の持続には至らなかった。そこで、ものではなく「人に来てもらう」という方向に発想を転換した。具体的には農産品を売るのではなく、この奥能登まで来てもらい、ありのままの自然、キノコ狩りなどのアクティビティや新鮮な食材を奥能登の地で楽しんでもらえるよう、農家民宿を充実させ、観光業を盛り立てていこうと発想を転換したのだ。

 能登の観光といえば、七尾市の和倉温泉や、「輪島の朝市」が有名である。確かに、千枚田や揚げ浜の塩を有する輪島市と比べると認知度は劣るものの、春蘭の里も能登空港から20分以内というアクセスを武器に、手入れをすれば山菜やキノコが豊富な山林、まだまだ使える校舎などを観光資源へと変貌させていった。「単なる通過地点とならならないためにはどうすればいいのか」という観点から、さまざまなアイディアを実践してきた。ハード面での改革と合わせて、「何もない田舎」という集落の人々の意識を改革しながら、どうすれば、行政の補助金をあてにせず、また広告に経費をかけず、村とその地域にある資源を総動員して、観光業を成り立たせられるかに奮戦してきた。

 農家民宿「春蘭の宿」は、五右衛門風呂と高い天井が印象的で、食事には山菜をふんだんに使った料理が出されている。連合体である「春蘭の里」では、各農家民宿の建物や宿としての規格が、ホテルチェーンのようにそろっているわけではなく、むしろ、そば打ち、琴、お風呂など各農家のユニークさを売りにしている。ただ、食事については、定期的に集まり、なるべく地元の山菜、輪島塗の食器など、共通で提供できるものの合意を得るように工夫している。

「春蘭の宿」の食事「春蘭の宿」の食事

 世界農業遺産というと、壮大な仕掛けやスペクタクルが必要と考えがちであるが、実際には、地元にある魅力を地道に磨いていくことが、人を呼び戻し、究極的には遺産として継承していくことができるということを気づかせてくれる取り組みとなっている。

 

参考文献
1. FAO (2011) “Noto’s Satoyama and Satoumi”, http://www.fao.org/giahs/giahs-sites/asia-and-the-pacific/notos-satoyama-and-satoumi-japan/detailed-information/jp/
2. Kohsaka, R., Uchiyama, Y., (2016) “The Influence of Affiliations with Agricultural Collectives on Attitudes of Fisherman towards Conservation and Perceptions of the Local Environment”, Journal of International Fisheries, vol.15, pp.1-21.
3. Kohsaka, R. Fujihira, Y. Uchiyama, Y.(2015a) Impact of Globally Important Agricultural Heritage Systems (GIAHS) certification to local agricultural products, International Union of Forest Research Organizations (IUFRO) Conference sponsored by OECD Co-operative Research Programme. Seoul National University, pp.142-152.
4. 香坂玲, 藤平祥孝, 内山愉太(2016)「遺産に関わる国際認定制度は産地にメリットがあるのか:世界農業遺産の能登半島における伝統野菜・地名を冠する農産品の価格動向の分析を中心として」『人としくみの農業―地域をひとから人へ手渡す六次産業化』, 追手門学院大学ベンチャービジネス研究所(編), 追手門学院大学出版会, pp.1-24.
5. 古沢広祐 (2015)「環境と農業の新たな可能性 食・農・環境をめぐる世界と日本」『環境と共生する「農」 有機農法・自然栽培・冬期湛水農法』, ミネルヴァ書房, 1-86.
6. Kohsaka, R. Uchiyama, Y. Fujihira, Y. (2015b) Traditional Forest Knowledge and their Linkage to Satoyama Landscapes in GIAHS Noto sites, Japan. The 8th International Conference on Traditional Forest Knowledge and Culture in Asia: Linking Biological and Cultural Diversity with Landscape Management, Nanjing, China, pp.31-34.
7. 香坂玲(2012)『地域再生 逆境から生まれる新たな試み』第5章「石川県能登町能登半島の挑戦―修学旅行で村の共栄を」, 岩波ブックレット, 岩波書店.

著者プロフィール

香坂玲

香坂玲東北大学大学院 環境科学研究科教授

東京大学農学部卒。ドイツ・フライブルク大学森林環境学部修了。博士(森林経済学)。
国連環境計画(UNEP)生物多様性条約事務局(カナダ・モントリオール)勤務、名古屋市立大学を経て、現職。
専門は、地域創造学、森林経済学、環境教育・環境マネジメント論。
2008年~2010年、名古屋でおこなわれたCOP10(第10回生物多様性条約締結国会議)支援実行委員会アドバイザーを務める。国連大学高等研究所客員研究員。地理的表示活用ガイドライン(農林水産省補助事業)や地理的表示保護制度推進事業検討委員会座長、白山菊酒呼称統制機構の委員。

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