「能登の里山里海」を保全しながら地域再生へ
保全か利用かではなく、保全を通した地域の再生
世界自然遺産の議論などでは、観光客数の増加、もともとの地元の利用者の制限など、保全と利用は対立するものとして捉えられがちだ。古典的な論争だが、確かに厳密な保全や建築物の場合には、その相克が当てはまる例もあるだろう。
ただ、農業や里山に関連した伝統の継承となると、「営み」が継続することがどうしても必要となる。そこでは、伝統的な農法など、自然を利用していくことこそが、保全や地域再生につながっていく。
今回は世界農業遺産の制度と、その制度のなかで地域再生に取り組む能登町の「春蘭の里」について報告する。
世界農業遺産とは
農林水産省によると、世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems)は、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり形づくられてきた伝統的な農林水産業と、それに関わって育まれた文化、ランドスケープ、生物多様性などが一体となった世界的に重要な農林水産業システムを国連食糧農業機関(FAO)が認定する仕組みである。 世界では15カ国36地域、日本では8地域が認定されている。2011年に能登半島と佐渡市が同時に国内の第一号として世界農業遺産に登録されたことを考えると、2016年現在で8地域の登録というのは、近年急速に登録が増えていることの証である。
能登半島は里山・里海と呼ばれる独特な景観を形成している。モザイク状に広がる多様な土地利用と生業が存在し、半農半漁と呼ばれる農業と漁業の両方に関わる生業も営まれている(FAO, 2011; Kohsaka & Uchiyama, 2016)。能登地域は全国平均に比しても特に高齢化が進んでいる。高齢化が進む先進国における世界農業遺産としてのモデルを構築することも、能登地域を含む日本の認定地域の課題となっている。
千枚田
他の認定制度と同様に、世界農業遺産についても、制度の本来の趣旨と地元の期待にはかい離がある(Kohsaka et al., 2015a; 香坂ほか, 2016)。世界農業遺産という地域の認定の主要目的は、生物多様性を保全しつつ、伝統的な農法を次世代に継承していくことにある。例えば、古沢(2015)は、世界農業遺産を六次産業化に関わる取り組みだとして、「単に一次、二次、三次の産業の重層化という以上に、自然資本の多用の価値の発現と展開形態として農業の可能性を認識すべき」と述べている。国際機関や研究者の間では同制度は、伝統的農業文化と土地利用、景観、生物多様性の保全が主目的として強調される。一方、筆者らの研究では、基礎自治体の担当者や生産者は、観光振興、農林漁の産品の高付加価値化を強く期待している。そのギャップは、認定地域の運用上の障害となる恐れがあり、主体によって異なる論理やニーズを共有し、調整する試みが必要である。
冒頭で、世界自然遺産との違いについて述べた。世界農業遺産は、世界自然遺産等と異なり、建物や土地といった「もの」が登録されているわけではない。先述の通り持続的な農業を営むシステムが対象である点は注意が必要だ。遺産というと、ついついある建物やエリアばかりに目がいってしまうが、実際には農業というシステム、「営み」を後世に伝えようとしているのである。
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