能登半島の先で旅人の心を楽にする「小さい港のゲストハウス」(石川県珠洲市)
「楽」ができる場所
二人は「珠洲織陶苑」や『典座』に来る客と話す中で、ゲストハウスのニーズを感じていた。
信子:「急に珠洲に来たお客さんが泊まりたいと言ったときに、泊められる所が少なかったんです。能登は広いですが、途中で1泊すれば半島を一周する旅行ができます。問い合わせを受けることもあったので、気軽な安い宿があるといいなと思っていました」
昭和30~40年代には能登への旅行がブームになり、民宿の開業が相次いだが、今ではピークの4分の1程度の数になっている。ホテルや旅館は、オンシーズンには満室が続く。
市郎:「融通の利く宿があったらいいなと思っていたときに、たまたま適した建物の空き家情報が出ていたので、導かれるようにして始まりました」
信子:「見に行ったら持ち主である会社の方がとてもいい方で、決めなきゃいけないかなと思ったんです。ゲストハウスにしては大きい建物ですが、私の実家の前の景色にとてもよく似ている場所でもあり、いいんじゃないかなと思いました」
開業の許可申請のため金沢に何度も通わねばならなかったそうだが、建物は改装の必要がほとんどなかった。
信子:「ゲストハウスならドミトリーというイメージを持って来られる方も多いですが、来てみると、意外と広くてよかったと言っていただけます」
信子さんは基本的にここに滞在して客を迎え、オンシーズンには長橋食堂の営業もする。『典座』のランチ営業もあるため、頻繁に自宅との間を行き来する。一方、電話での予約受け付けは市郎さんが行い、イベントなどで信子さんが出張のときには、パートのスタッフが一連の仕事をして、信子さんが宿に張りついていなくても回せる仕組みを整えている。
「小さい港のゲストハウス」客室
ゲストハウスを訪れる客は若い世代が多いが、70代の客もいた。特徴的なのは子どもを連れた家族が多いことだ。
信子:「子どもは騒ぐので、高級な旅館よりも楽だと選んでもらえます。設備は豪華ではありませんが、その分安く楽に泊まれます。また50ccのバイクや自転車で能登半島を回ろうとする人も来ます。そういう人は旅慣れているので、お互いにあまり気を遣わなくて楽だし、話していても楽しいです」
市郎:「そういう人がゲストハウスに求めるのは、休む場所やお風呂があり、楽に食事が取れる、一呼吸できる場所だと思います。ちやほやと構われるようなおもてなしは求めていないと思います」
信子:「でも、私がいないときは必ずお父さん(市郎さん)に来てもらって、何をしに来たの、明日はどうするのと話をしてもらっています」
訪れるのは観光客だけではない。珠洲でフィールドワークを行う東京の大学のゼミが使用したり、工事の現場監督が長期滞在したりもした。映画『さいはてにて―やさしい香りと待ちながら―』の撮影スタッフもここに滞在していた。珠洲に移住を考える人が訪れることもある。
外国人も、頻繁ではないが訪れることがある。昨年夏には、アメリカの高校生オーケストラのメンバーが宿泊した。
信子:「食べ物にアレルギーがあると困るので、聞いたけれど分かってもらえなかったんです。一人の子がタブレットの翻訳ソフトで、『我々にアレルギーはない』と教えてくれました。習慣が違うこともあるので笑っちゃいます。『ちょっと待て、靴を履いて二階に上がるな』と身振り手振りで伝えたりもしました」
英語が通じないと夜になって落ち込むと信子さんは話すが、市郎さんはそれほど気にする様子がない。
市郎:「あの韓国人のお客さんが怒っているのはわかったでしょ」
信子:「そう。夜中にねこが2回も入ってきたって、韓国語で言っていたけど、意味がわかった」
ゲストハウスにはねこが2匹いる。信子さんが捨て猫を拾い、もらい手が見つからないうちに居ついたそうだ。ゲストハウスのホームページにはねこがいると書き、市郎さんは予約の電話を受けるときに必ず、ねこのことを説明するという。
市郎:「ホームページを見て来るお客さんが多いので、ねこがいると聞いて宿泊をやめる人は今のところいませんね」
信子:「飼う気はなかった。でも、ねこが来てから映画スタッフの滞在が決まったりもしたので、招きねこだと思うと外せないんです」
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