トトロの森とその余暇空間としての活用

菊地俊夫首都大学東京都市環境科学研究科教授

2013.09.01埼玉県

トトロの森の価値を知る活動

 狭山丘陵は東京都と埼玉県の境に位置し、豊かな自然をもつ里山として人々の生活と深く関わっていたが、大都市に近接する地理的位置から地域変容を余儀なくされてきた。狭山丘陵が鉄道網の整備によって東京都心まで1時間以内の通勤圏に入ると、宅地化が急速に進んだ。宅地化が進むことにより、狭山丘陵の豊かな自然環境や「ふるさと」的な農村景観は著しく失われた。

 このような都市化の影響が狭山丘陵の森林を蚕食する状況の中で、狭山丘陵を舞台とする映画『となりのトトロ』(監督・宮崎駿)が公開され、そこの豊かな自然環境と日本の原風景的な農村景観を「トトロの森」として保全するナショナルトラスト活動が1990年に開始された。その中心的な役割を「トトロのふるさと財団」が担い、狭山丘陵の里山の保全と活用が促進された。

 「となりのトトロ」に描かれた風景は、1950年代の緑豊かな狭山丘陵であり、里山としての森林が風水の「背山臨水」の構図をつくりだしていた(人間に最も安らぎを与える風水の構図の一つといわれている)。

 それは、どこにでもある日本農村の「ふるさと」の風景でもあった。里山や小川や農地などの農村景観の要素が相互に関連しながら人々の生活と結びつき、農村らしさを醸し出していた。しかし、経済発展や生活様式の変化、そして都市化とともに、農村景観の構成要素それぞれが生活との結びつきを弱め、それらの相互関係も希薄になってしまった。

 そのため、狭山丘陵においては「トトロの森」の保全が契機となって、県や市などの自治体が里山としての森林を農村景観として保全し、保全した森林を余暇空間として利用する政策を進めてきた。

里山を守る

 保全された森林では、散策やハイキングが人々のレクリエーションとして行われるようになったが、森林の維持管理や環境教育、および環境の調査・研究も行われた。

 このような森林の維持管理の作業は、林床の下草刈や枝打ち・間伐、および落葉採取であり、その担い手は都市住民のボランティアである。つまり、都市住民によって農村の景観や生活を支えた森林が蘇り、維持されている。このような森林とそれに深く結びついたルーラリティ(農村らしさ)の保全は、緑地環境を単に維持するだけでなく、都市住民に良好な居住アメニティと余暇空間をもたらすものとなっている。

 結果として、トトロの森ではじまった里山保全活動は、縮小し荒廃した森林を再生することを主要な目的にしているが、都市住民の余暇や「ふるさと」づくりの一つとしても広がりをみせている。

著者プロフィール

菊地俊夫

菊地俊夫首都大学東京都市環境科学研究科教授

筑波大学大学院地球科学研究科修了後、東京都立大学理学部助教授を経て、現職。理学博士。専門は農業・農村地理学、観光地理学、自然ツーリズム学。公益社団法人日本地理学会理事長、一般財団法人日本地図センター理事、国土交通省小笠原諸島振興審議会委員、日本ジオパーク委員会委員などを務める。

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