学術的知見を活用した観光事業の深化

沢田史子北陸学院大学短期大学部准教授

2013.10.01石川県

学術的知見の観光的価値

 近年、従来の物見遊山的な観光旅行から、地域固有の資源や魅力に触れ、その地域ならではの体験や交流をする観光へとそのニーズが多様化・深化してきている。このようなニーズに対応するためには、従来の観光事業者に加え、地域に精通した人々の知が必要である。既に、グリーンツーリズム・エコツーリズム・産業観光などにおいて、さまざまな分野の人々と観光事業者のコラボレーションによって、多くの事業が展開されている。

 しかし、学術成果を積極的に観光事業に生かす取り組みはあまり行われていない。特に、人文学は人間・文化を研究対象とすることから、その学術的知見が観光事業の深化に寄与することが期待されている。

 学術的知見を生かした事例として、著者が取り組みに参加した石川県金沢市に現存する歴史史料「梅田日記」を題材とした観光開発を取り上げてみたい。

 「梅田日記」は幕末の金沢町人が書いた日記で、地域の研究者らによって、2009年に翻刻(活字化)・出版された。日記には現存する社寺や店の名前が登場し、幕末の庶民の暮らしぶりを生き生きと伝え、観光の素材としても魅力的である。歴史学の世界では、基本的に史料の全文を口語訳(現代語訳)することはない。出版された本も翻刻本である。翻刻が読める観光事業者であっても、大量の翻刻文の中から観光素材となり得るスポットや話題を抽出することは、困難を極める。したがって、研究者の観光事業者への知識移転が必須となる。

 「梅田日記」に関する知識移転は、歴史研究用の情報システムを介して行われた。「梅田日記」の翻刻に携わった研究者が観光に使えそうな単語を、食べ物・社寺・年中行事など分野別に登録した。そして、郷土史に造詣が深い観光ガイドが、単語が登録された情報システムを使って、観光コース開発とガイド解説書を作成した。さらに、作成された解説書を使って、自らが所属する組織の観光ガイドを対象とした研修ツアーを行った。現在では、研修ツアーに参加したガイドが梅田日記を観光素材として活用している。

研究者の知識をどう観光に生かすか

 研究者が自らの知識を積極的に観光事業者に伝えることは、知識移転コストが大きいことなどからこれまでほとんど行われていなかった。「梅田日記」のケースは、情報システムを使うことによって、研究者の知識移転コストを大幅に減らすことを可能にした。そして、研究者からの情報の受け手であった観光ガイドが、情報システムと地域住民へのインタビューなどから情報を収集し、解説書とツアーという形で組織内の他の観光ガイドにわかりやすく伝えた。このような組織外部からの情報収集能力と、組織内部への情報伝達能力を持った人が、情報の受け手であったことも成功した要因の一つである。

 情報システムは使い方によって、入力作業に相当時間がかかったりすることもある。情報の受け手の能力によって、伝える情報の質や量は異なってくる。観光事業の深化を目的とした学術成果の活用推進のためには、研究者に大きな負担をかけることなく、いかに研究者の知識移転を行うかが鍵となるであろう。

著者プロフィール

沢田史子

沢田史子北陸学院大学短期大学部准教授

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