芸術による観光振興 観光地における美術館の集積
アートフェスティバルの持つ可能性
近年、全国各地で芸術によるまちづくり活動が行われている。3年に1回新潟県妻有地域で行われている「大地の芸術祭 – 越後妻有アートトリエンナーレ」などがその代表的な事例といえ、当該分野の研究も蓄積されつつある。
ただ、筆者が関心を寄せているのは上述のような近年の現象ではなく、1980年代後半から1990年代中頃、つまりバブル経済期に起こった現象である。この時期、いくつかの観光地(特に高原)において中小規模の美術館の集積が起こり、それが観光客の人気を集めることになった。
静岡県伊東市伊豆高原は、現在も多くの美術館が集積している地域である。この地域に設立ラッシュが起きたのは、1990年代中頃である。その少し前、1993年に「伊豆高原アートフェスティバル」というイベントが始まる。
このイベントは、活動拠点を東京から伊豆高原に移した芸術家・谷川晃一氏とエッセイスト・宮迫千鶴氏の主導で始まった。
地域の環境保護を目的に、「アートフェスティバルゆふいん」(湯布院温泉)をモデルに企図され、谷川氏・宮迫氏に加え、彼らの伊豆高原での友人・知人が運営の中心となり、別荘などを展示の場として活用する「わたくし美術館」というコンセプトを軸に、毎年5月に1カ月間行われている。
第1回は56の展示場に約10万人の来訪者が集まり、伊豆高原に芸術という新たなコンセプトが生まれるきっかけとなった。筆者はこのイベントが美術館設立ラッシュの一つの引き金であったと考えている。
現在も伊豆高原アートフェスティバルは継続されているが、地元住民・別荘地住民のためのイベントに特化した状態になっており、ペンションや美術館など観光施設との連携は(意図的に)取られていない。
結果として「まちづくり活動」となっているものの、内外の観光客の注目を集めるようなイベントとはなっていない。美術館群も類を見ない観光資源になっているとは言えない。
乗り越えるべき課題も多い
この現状は芸術による「観光振興」において重要な示唆を与えるものではないかと筆者は考える。
芸術に関心を寄せる人々の活動が地域に新たな魅力を生み出し、そのことがさらなるイベントや美術館の設立を通じて、新たな芸術活動を生み出すという流れには、観光振興の可能性が感じられる。
一方で、伊豆高原の例からは、芸術への関心に基づいた地域内ネットワークと経済に基づいた地域内ネットワークが両立していくことの困難さを示している。
さらに事態を複雑にしているのは、観光客の動向である。バブル期に多くの観光客を集めていながら、近年では集客面で苦しんでいる施設も少なくない。
これについては、立地する観光地自体の盛衰に加え、観光客が美術館に求める「価値」が変化したことが要因として考えられる。前者は観光地全体の問題であり、後者は地域外の人々に来訪したいと思わせるコンテンツを発信し続けられるかという問題である。
そのためにも「関心に基づいたネットワーク」と「経済に基づいたネットワーク」の活動が連動した形で、地域全体としての絶え間ない芸術活動が求められるのではないだろうか。
したがって、芸術による観光振興を考える場合、イベントなどを通じて観光者が集まればよいというわけではなく、地域内に創出された各種のネットワークをどう連携・維持させていくかということも重要ではないだろうか。
■著者プロフィール
杏林大学観光交流文化学科准教授。広島県広島市生まれ。1999年立教大学社会学部観光学科卒業。2005年立教大学大学院観光学研究科観光学専攻博士課程後期課程単位取得退学、杏林大学に着任。杏林大学地域交流推進室室長を兼務。研究テーマは観光開発論、観光文化施設論。
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