イギリスとの比較にみる日本のフィルム・ツーリズムの可能性と課題

木村めぐみ一橋大学イノベーション研究センター特任助手

2014.07.01

わが国におけるフィルム・ツーリズム

 フィルム・ツーリズムとは、映画などをきっかけに、その撮影地や舞台にファンや観光客が訪れる現象である。広く言えば、映画の世界を擬似体験できるディズニーランドなどを訪れる行為もまた、これに含まれる。しかし近年では、このようにテーマパーク化された場所ではない場所や、本来、観光地ではなかった場所にまで足を運ぶ人びとが注目されるようになった。

 今回は、筆者が日本とイギリスの撮影地で調査を行った経験をもとに、両国の違いから、日本のフィルム・ツーリズムの可能性と課題について考えたい。とくに、ロケ地マップと呼ばれている、映画やテレビ番組の撮影地や舞台を紹介する情報媒体と、そこで紹介されている場所に焦点を当てる。

 まず、今日本でロケ地マップなどと呼ばれる情報媒体は、1990年代にイギリスの観光庁の取り組みとして始まったというのが、この分野の多くの研究者たちの共通の見解である。すでに同じような取り組みが行われていた可能性を否定することはできないが、イギリスのMOVIE MAPと呼ばれるそれが、ロケ地マップのはしりとして扱われるのは、その規模の大きさにある。

 筆者の手元にも日本語版があるが、世界各国で、その国の言葉でつくられたMOVIE MAPが配布され、そのA1サイズで両面の大きなMAPでは、イギリス全土で撮影された映画やドラマ、その撮影地や舞台が紹介されている。著名な映画監督や俳優・女優からのメッセージまである。

 その目的は、言うまでもなく、観光客の誘致だ。その後、この動きは、イギリスの各地に広がっていった。

ロンドンとの比較

 数年前、筆者はロンドン版の数種類のMOVIE MAPで紹介されている撮影地を100カ所以上回った。その際、映画がその場所で撮影されたことを確認させてくれるような案内や看板を期待していた。

 日本では、ロケ地マップを片手にした観光客を、このようなさらなる情報媒体が出迎えてくれることが多い。だが、イギリスには、こういった「おもてなし」がほとんどなかった。もちろん、例外もあるし、MOVIE MAPで紹介された場所の多くがすでに観光地として知られた場所だったことも一因だろう。

 まだ観光地とは知られていない場所が映画の撮影をきっかけに観光地化するケースが多くあるのは日本の特徴である。

 日本の場合、ロケ地マップをつくる動きは地方から生まれた。また、イギリスのような形式的なMOVIE MAPとは違って、オリジナリティあふれる、工夫を凝らした、その地域らしさもロケ地マップの魅力だ。この点に日本のフィルム・ツーリズムの大きな可能性がある。

 官製ではない、独自の動きが地域から生まれており、このような自発的な試みそのものが、その地域の魅力へとつながっている。

今後の課題

 一方で、課題もある。イギリスの場合、MOVIE MAPはたしかに全国から地方へと広がっていった。だが、これを最も活発に発行しているのは、首都ロンドンである。もちろん、ロンドンはイギリスで最も多くの映画が撮影されている都市だが、それだけが理由ではない。ロケ地マップの制作には、そのための資金が必要だからだ。

 ロケ地マップに限らず、予算や権利関係などの問題は、映画を地域活性の方法とする場合の最大の課題だ。映画が撮影されたという経験を地域が生かしていくためには、そのための戦略的なマネジメントが不可欠である。

 確かに、今、あらゆる撮影地がディズニーランドのようなテーマパークになりえる可能性を秘めている。

 だが、ディズニーランドがその開園から30年以上経っても、さらに入場者数を増やすことができているのは、そのための資源が効果的に投入されているからである。

 日本のフィルム・ツーリズム発展への問いは、この動きに対して地域の「資源」すなわち、人・物・金をどのように持続的に投入することができるか、という点に集約できるだろう。

 だが、まず、なによりも重要なのは、そのための思いを共有することであり、その点には、筆者は日本のフィルム・ツーリズムに大きな可能性を感じている。

著者プロフィール

木村めぐみ

木村めぐみ一橋大学イノベーション研究センター特任助手

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