ツーリズム・オブ・ザ・デッド  ―観光・地域振興に活かす『ゾンビ学』理論

岡本健奈良県立大学地域創造学部准教授

2017.08.30

ツーリズム・オブ・ザ・デッド ―観光・地域振興に活かす『ゾンビ学』理論
毎年秋に、京都市の北に位置する一条通で実施されている妖怪仮装行列「一条百鬼夜行」。能面、なまはげなどのさまざまな妖怪たちが登場する(筆者撮影)

ゾンビから考える観光・地域振興

 それでは、ゾンビについて一通り学んでいただいたところで、観光・地域振興への応用可能性について考えてみましょう。

 まず、ゾンビは、その存在そのものが非日常的です。テーマパークのイベントを考えると分かりやすいですが、ゾンビがそのあたりをうろうろしていると、それだけで非日常空間が出現します。ポイントは、「現代的な風景が背景でも何の問題もない」点です。例えば、白装束の昔ながらの幽霊の格好をした人が、お化け屋敷ではなく、大井競馬場に出現しても、あまり怖くありませんね(逆に違和感がありすぎて怖いかもしれませんが…)。ところが、ゾンビであれば、そんな「普通の場所」に出現しても違和感がありません。ゾンビさえいれば、そこはゾンビハザードが起こった非日常空間に変貌を遂げるのです。この空間を味わうために、人はそこを訪れます。実際に大井競馬場では、ゾンビから逃げ回りながら走る「ゾンビ・ラッシュ」なるイベントが開催されました。「ファン・ラン」と呼ばれるものです。

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ゾンビ・ラッシュ ©CAPCOM CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

 この非日常空間では、思いっきり走って逃げまわったり、叫んだりすることができます。子どものころは、何が楽しかったのか、いつもその辺りを走り回り、鼓膜も破れんばかりの大声をはりあげていました。ところが今、「いい大人」になってしまった私たちは、白昼堂々いきなり大声を上げて猛ダッシュをすれば、白い目で見られるか、悪くすると警察を呼ばれてしまいます。私もたまに「わ~っ!!」とか、叫びながら走り回りたくなる時もありますが、ぐっとこらえております。ところがどうでしょう。凶悪なゾンビがうろつく世界では、逃げ放題、叫び放題です。これはストレス解消になりますね。

 次に、重要なのが、「ゾンビになる」ことによる非日常体験です。イベントの中には、参加者にゾンビメイクを施すものや、ゾンビコスプレで参加するものがあります。これは、先ほどとは真逆のアプローチです。ゾンビという非日常な存在を周辺に配置するのではなく、自分自身がゾンビになることで、非日常を味わうのです。

 私は、以前、京都の大将軍商店街で実施されている妖怪仮装行列に、唐傘お化けの妖怪として参加し、行列に加わりました。妖怪たちは太鼓や鐘の音に合わせてパレードをします。

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太鼓や鐘の音に合わせてパレード(筆者撮影)

 そうして歩いていますと、観衆の若い女性たちからは「一緒に写真を撮ってくれ」とせがまれ、子どもは私たちの姿を見て「ぎゃあぎゃあ」泣くのです。私が普通に街を歩いていても、「一緒に写真を撮って欲しい」とは誰も言わないでしょうし、こちらから「撮ってください」としつこくお願いすれば、もはや変質者扱いです。やみくもに子どもを驚かして泣かせようものなら、たちまち「事案」発生で、やはり通報の憂き目からは逃れられません。

 この妖怪体験は、とても不思議で面白い感覚をもたらしてくれました。自分という個性を隠して匿名的な存在となり、妖怪という役割に徹する。だんだん動きも妖怪らしく(?)振る舞えるようになり、行列が終わってしばらくは人間に戻れませんでした。

 ゾンビメイクにも、同じような効果があると思われます。自分を普段とは異なる存在に変化させるのです。この効果は、他のキャラクターのコスプレでも同じなのですが、実はゾンビはさらに一味違っています。ゾンビというキャラクターは、より「没場所的」であり、「没個性的」なのです。例えば、水戸黄門のコスプレをすることになったと想像してみてください。Tシャツ短パン姿で「わしは水戸黄門なのじゃ」と言ってみたところで、見ている人は何の冗談か、さっぱりわかりませんね。やはり、テレビに出てくるあの黄門様の格好をし、白いひげをつけて、印籠を持っていなければ説得力がありません。ですが、ゾンビならどうでしょう? 現代社会のどこにでも現れるゾンビなら、顔色を悪くし、どこかに血のりをつけて、それっぽい動きをして、「あー」とか「うー」とか言えば、それでもう仲間に入ることができるのです!

 ゾンビと人間の交流だけでなく、ゾンビ同士の連帯感も生まれやすいというもの。だってみんなゾンビで、よれよれで、老いも若きも、男性も女性も、偉い人もそうでもない人も、平等なのですから。そう、ゾンビは「祭り」や「飲み会」などと同じような「無礼講」を生み出す仕掛けになるのです。それも、太鼓やアルコールの力を借りることなく。

 実際にゾンビを地域イベントに取り込んでいる例があります。広島県の横川ゾンビナイトです。本イベントでは、さまざまな企画が展開されますが、「ゾンビ感染所」というところに行くと、ゾンビメイクをしてもらえて、誰でもゾンビになることができます。

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ゾンビ感染所に人が殺到し、2時間待ちになるほどの大盛況

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映画館、ギャラリー、神社、店舗などで大量のゾンビが歩きまわる

 観光客や地域住民という枠組みを取っ払って、「私たちみんなゾンビ」で楽しめるイベントになっているのではないでしょうか。観光客同士もゾンビを媒介して話が弾むでしょう。地域内で普段はあまり話さない相手でも、ゾンビになってしまえば、みな同じ。新たな一面を知ることができ、仲も深まるかもしれません。横川ゾンビナイトは今年で3回目となり、2017年10月27日(金)、28日(土)の開催が予定されています。

 つまり、ゾンビは対峙する対象であると同時に、自分がそうなるかもしれない対象でもあるのです。ゾンビ映画を観ていると、ふと、ゾンビ側の立場に立ってしまうことがあります。ゾンビは「他者」の比喩でもあり、「自己」の比喩にもなる。人間をうつす鏡のような存在で、これがゾンビの魅力なのです。

 そこで、最後に私から一つ提案です。ゾンビ好きのためのゾンビ婚活なんていかがでしょうか。えっ? もちろん顔はゾンビメイクですよ。相手に求めるのは顔や見た目ではありません。その日だけきれいに着飾った姿を見せあうのではなく、お互いにぼろぼろの格好から真実の愛を見つけてみるのも一興かと…。それでは、本日の地獄めぐりはこの辺で、お開きとさせていただきます。長らくのお付き合い、まことにありがとうございました。またのお越しを、心よりお待ちいたしております。

著者プロフィール

岡本健

岡本健奈良県立大学地域創造学部准教授

奈良県立大学地域創造学部准教授。博士(観光学)。1983年奈良県生まれ。北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻博士後期課程修了。専門は、観光社会学、コンテンツツーリズム学、ゾンビ学。現在、ウェブサイト「cakes」にて「ゾンビ10番勝負」を週刊連載中。
http://researchmap.jp/t-okamoto/

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