ツーリズム・オブ・ザ・デッド  ―観光・地域振興に活かす『ゾンビ学』理論

岡本健奈良県立大学地域創造学部准教授

2017.08.30

ツーリズム・オブ・ザ・デッド ―観光・地域振興に活かす『ゾンビ学』理論
現代のゾンビは人を襲い、脳が破壊されるまで動き続ける © アサミヤカオリ

ゾンビの「感染」が拡大

 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は、新たなゾンビ像を示したわけですが、実は本作、当時、日本公開されておりません。「おや、でも昔どこかで有名なゾンビ映画を観た気がする。ショッピングモールにゾンビが出てくるやつ…」そのように思われる方もいらっしゃるでしょう。

 そうです。ゾンビが日本において一躍有名になったのは、ずばり映画『ゾンビ』が公開され、テレビでも放映されたからです。本作は1978年にイタリアで、1979年には日本やアメリカで公開されました。

 『ゾンビ』の監督も、ジョージ・A・ロメロです。原題は『Dawn of the Dead』。ドーン・オブ・ザ・デッド、死者の夜明け、とでも訳しましょうか。原題を知ると、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』との連続性がよくわかりますね。

 この『ゾンビ』のインパクトはものすごく、一大ゾンビブームを巻き起こします。

ツーリズム・オブ・ザ・デッド ―観光・地域振興に活かす『ゾンビ学』理論
ゾンビ映画放映数の推移 (『ゾンビ学』より引用)

 これは、ゾンビ映画放映数の推移を1932年から2000年代まで、10年ごとにグラフで示した図です。1930年代から1960年代までは10年間で数本から20本程度しか作られていませんでしたが、1970年代には60本に、1980年代には135本にと急増しているのがお分かりいただけると思います。

 『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の公開が1960年代末、『ゾンビ』が1970年代末でした。このゾンビブームを作り出し、牽引したのが、ロメロ監督の2作品であることが数字の上でも確認できます。

メディアを超えて新しいコンテンツに拡散してゆくゾンビ

 ところで、1980年代には、もう一つ、忘れてはならないゾンビコンテンツが登場します。キングオブポップ、マイケル・ジャクソンの『スリラー』です。1983年、この楽曲のプロモーションビデオ(PV)にゾンビが登場し、マイケルとともにキレッキレのダンスを披露しました。実はこのPV、同時代では破格の制作資金を投入して作られたもので、映画顔負けの特撮も使われています。このPVは大ヒット。グラミー賞などを受賞し、アメリカ議会図書館のアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存されるに至りました。

 1983年には、他にも象徴的なことが起こりました。

 一つは任天堂からファミリーコンピューター(ファミコン)が発売されたことです。これにより、デジタルゲームが家庭に普及し始めました。ファミコン用ソフトのタイトルには『スーパーマリオ』『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』などの、現在でも人気の作品が含まれていました。

 中でも『ドラゴンクエスト』にはゾンビのようなキャラクター「くさったしたい」が登場します。

 もう一つは、東京ディズニーランドの開園です。虚構の存在であるキャラクターや物語の世界観それ自体が観光資源となり、多くの人を集めました。野生のミッキーマウスやドナルドダックは、ジャングルの奥地に入ってもどこにも存在しません。同じく、シンデレラ城のモデルはあっても、そのものずばりはお話の中にしかないのです。つまり、虚構や物語の世界が多くの人々を強く惹きつけるようになっていくのです。

 このことを確認しておいて、再びゾンビのお話に戻りましょう。1990年代になると、ゾンビ映画の数はいったん落ち着きます。とはいえ、この時代には、現在のゾンビ映画やゾンビゲーム人気につながる重要なことが起きました。それは、ゲーム『バイオハザード』(1996)の登場です。日本のゲーム会社CAPCOMから発売されたこのタイトルは斬新なキャラクターの操作感や、ハリウッド映画的な演出と世界観で、多くのファンを獲得しました。英語圏にも『Resident Evil』というタイトルで輸出され、ヒットを飛ばし、実写映画化を果たします。これがミラ・ジョヴォビッチ主演の実写版『バイオハザード』シリーズで、2017年8月現在で全6作品あります。ゲームタイトルも着実に本数を重ね、2017年1月には、プレイステーションVR対応ソフト『バイオハザード7』が発売されています。

 実は、この『バイオハザード』は、開発者が『ゾンビ』などの洋画ホラーに影響を受けて作ったゲームなのです。そのあらわれの一つとして、『バイオハザード2』のテレビCMの制作は、ロメロ監督に依頼しています。現代的ゾンビは映画から始まって、それに影響を受けた人々の手によってさまざまなメディアを渡り歩きながら、その勢力を拡大してきたのです。

 『バイオハザード』のゾンビたちは、テーマパークにもその勢力を拡大していきます。大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)では、2013年に『バイオハザード ザ・リアル』というイベントが開催されました。また、その素地として、USJでは、ゾンビのメイクを施したスタッフが大量にパーク内を徘徊する「ハロウィン・ホラー・ナイト」を実施していました。急激に日本に広まったハロウィン文化を牽引し、今や、大人気の本イベントですが、始めた当初の動機は「予算不足」にあったと言います。来場者を増やす工夫をしなければならないが、新しいアトラクションに設備投資をするほどの余裕はない。そんな時、ゾンビであれば、特殊メイクを施した人間がいれば、すぐに非日常空間を現出させることができます。ゾンビは今も昔も、低予算の味方なのです。

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