国立公園のブランド化でインバウンド観光を促進 実現に向けて克服すべき課題とは

香坂玲東北大学大学院 環境科学研究科教授

2017.06.19

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「生物多様性と持続可能な観光シンポジウム」~国立公園のインタープリテーションを考える~の会場。米国の国立公園レンジャーなど海外からのゲストも参加

求められているのは人と自然をつなぐインタープリテーション

 国立公園のように、地域を認定する制度は複数存在する。例えば、生態系保全という点で類似しているエコパーク、主に地学に関わるジオパーク、農業の営みに注目する農業遺産等がある。ジオパーク、農業遺産については、国内レベルの認定と、それぞれ国連のユネスコ、FAO(国連食糧農業機関)による世界レベルの認定が存在する。生態系、地学的資源、農業等異なる地域の側面に着目した制度だが、いずれの制度においても、個々の生物、地形といった要素に加えて、要素間のつながりや、地域の歴史、文化的背景における位置づけの解説が求められる状況にある。関連して、以下では、国立公園における「解説」、インタープリテーションの可能性と課題について、生物多様性と観光に関するシンポジウムでの議論を紹介したい。

 例年5月22日は、国連が定めた国際生物多様性の日となっており、世界中で普及啓発活動などが開催されている。またその年のテーマというものが決まっており、農業、海洋など生態系のこともあれば、主流化、侵略的外来種などのトピックのこともある。本年はどちらかというと、トピック型で「生物多様性と持続可能な観光」がテーマとなっている。

 そこで今年は国際生物多様性の日に合わせ(実際の日程は10日ほど早い開催となったが)、「生物多様性と持続可能な観光シンポジウム」~国立公園のインタープリテーションを考える~が東京の国連大学において、環境省も参画して開催された。

 その議論では、初期の国立公園であれば、風光明媚で解説があまり必要ではなかったが、分かりやすい美しさだけではなく、地域の生活や、すぐには目にはつかない生息地、生物多様性の存在を理解してもらうためには、解説や気づきを誘導する仕組みなどが必要ではないかといった点が指摘された。単にインバウンドの誘客をするだけではなく、そこにある生活や生き物の営みにも目を向けることが、例えば、最近の登録地である奄美諸島などの事例ではより重要になってくるのではないだろうかという点も指摘された。

 またレンジャーを経験した行政官が、有明のムツゴロウなどについて解説をしてもらったことで、目の前の風景が変わり、「解説」によって見えてくる景観があり、自分にとってインタープリテーションの重要性を認識できたといったエピソードが紹介された。このようなインタープリテーションをめぐる重要性は、自然に関わる領域だけではなく、伝統的な町並み、城の石垣など、さっと見ただけでは見落としがちなポイントを、解説などをとおして見せていく必要性と通ずるものがある。他の観光やツーリズムに関わる領域でインタープリテーションという言葉を使うかどうかは別にして、観光が単に名物となる景観や産品があればいいということではなく、地域や現地に詳しい人々との対話によって、景観や観賞の価値が大きく変わる可能性を示している事例といえる。

新しいレンジャーの制服を着た環境省自然環境局自然環境計画課長と
新しいレンジャーの制服を着た環境省自然環境局自然環境計画課長と

 ただ、課題もあり、当日参加していた米国の国立公園レンジャーなど海外からのゲストもボランティアに依存した体制や財政的な制約について述べていた。基調講演では、日本においても、インタープリテーションは、本来は公共的な機能なので、国立公園などの解説については国が提供すべき性質であるにもかかわらず、非常に手薄となっているという課題も指摘された。エコツーリズムの法や制度ができてしまったことで、そのガイドと育成が民間やボランティアの外部に委託され、その結果としての制度の停滞が危惧されていた。

 また、歴代の生物多様性戦略にインタープリテーションは一度しか登場しないなど、言葉の普及という面でも課題が明らかとなった。インタープリテーションは双方向的な活動でもあり、その普及には、地域の訪問者の活動への理解や参加も求められる。

国立公園のブランド化でインバウンド観光を促進 実現に向けて克服すべき課題とは
十和田八幡平国立公園 冬になると十和田湖にハクチョウが訪れる 出典:環境省東北地方環境事務所

横断的な話し合いと目標の共有が実現につながる

 国立公園の観光は、非常に多層的であることが分かる。

 地域経済への貢献、保全と利用という課題、課題を克服して期待を実現するためには丁寧な調整やモニタリングの必要性もある。そこでは地域経済などへの貢献も重要だが、当然、環境保全と持続可能性なども大きなテーマとなる。稼ぐ力と地域への愛着を推進する高度な専門組織となることが期待されているDMO (Destination Management/Marketing Organization)などとの連携も不可欠となってくるであろう。 

 あるいは、国立公園とは異なる国際機関や国際組織によって認定されている遺産、自然と人の関わりに関する制度も、時にはエリアが重複しながら併存している。そのような認定との相乗効果やすみ分けも重要である。首長、関係団体が調整をせずに走った結果、乱立や競合をして、かえってマイナスの効果になっては本末転倒といえる。訪問者にストーリーやメッセージが、腑に落ちるすっきりとした形となってこそ、認定や指定が、本来の保全や次世代への引き継ぎに効果的となろう。 

 また、その観賞には、生態系、生物多様性の知識、あるいは地域の営み、風土、歴史といった社会的な知識も含め、目の前にある風景をどのように解釈していくことができるのかというサポートや対話があると、観光としての体験が深まる。国内外の国立公園でのインタープリテーションだが、さまざまな形態が実践されている。そのようなコンテンツの観賞方法を磨くことも重要となる。

 国立公園におけるインバウンド観光振興のためには、各部門や団体が自らの目標や指標だけのモニタリングだけではなく、部門横断的な話し合いや目標を共有できるかが重要であろう。

 これまで観光を担ってきた地域の組織や団体、DMOなどの新たな取り組み、そして保全や生物多様性の観賞について専門的な知識を持つ集団が連携し、地元の住民、行政、事業者などと一体的な実践を構築できるかどうかがカギとなりそうだ。

国立公園のブランド化でインバウンド観光を促進 実現に向けて克服すべき課題とは
十和田八幡平国立公園 十和田湖の近くにある自然林ではカツラ、ドロノキ、ミズナラ、シナノキなどを見ることができる 出典:環境省東北地方環境事務所

<謝辞>
本原稿を書くにあたり、JSPS科研費 JP26360062, JP16KK0053, JP17K02105の研究費の知見や成果を一部活用している。

<引用文献>
観光庁「観光立国ショーケース」として3都市を選定 ~訪日外国人旅行者を地方へ誘客するモデルケースに~ http://www.mlit.go.jp/kankocho/news04_000125.html
環境省 国立公園満喫プロジェクト有識者会議 http://www.env.go.jp/nature/np/mankitsu/01.html
環境省 国際生物多様性の日「生物多様性と持続可能な観光シンポジウム」~国立公園のインタープリテーションを考える~の開催について http://www.env.go.jp/press/103931.html
毎日新聞 社説 国立公園のブランド化 自然の保護と活用両立を(2017年5月4日) https://mainichi.jp/articles/20170504/ddm/005/070/054000c
国立公園研究会・自然公園財団編(2017)「国立公園論―国立公園の80年を問う―」南方新社

著者プロフィール

香坂玲

香坂玲東北大学大学院 環境科学研究科教授

東京大学農学部卒。ドイツ・フライブルク大学森林環境学部修了。博士(森林経済学)。
国連環境計画(UNEP)生物多様性条約事務局(カナダ・モントリオール)勤務、名古屋市立大学を経て、現職。
専門は、地域創造学、森林経済学、環境教育・環境マネジメント論。
2008年~2010年、名古屋でおこなわれたCOP10(第10回生物多様性条約締結国会議)支援実行委員会アドバイザーを務める。国連大学高等研究所客員研究員。地理的表示活用ガイドライン(農林水産省補助事業)や地理的表示保護制度推進事業検討委員会座長、白山菊酒呼称統制機構の委員。

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