弘前が好きになる弘前城曳屋 公開型、体験型の石垣修理工事
弘前城と桜の景色は「世界一」
昨年9月20日から27日まで青森県弘前市で行われた、石垣修理のための弘前城天守曳家工事に市民や観光客らが参加する「曳屋ウィーク」では、市内外から3万人が現地を訪れ、海外のメディアにも取り上げられるなど大きな話題となった。
弘前市は城が動くことを「ピンチはチャンス」と捉え、石垣修理工事やそれに伴う天守曳屋を「今しか見られない光景」と積極的に公開してきている。この取り組みによって弘前市は市民に、市外の人に、何を伝えようとしているのだろうか。
※曳屋…建造物を解体せず、全体をジャッキなどでそのまま持ち上げて、別の場所に移動させること。
青森県弘前市の中心部に立つ弘前城は、江戸初期に初代高岡藩主津軽為信が計画し、2代藩主である三男の信牧が跡を継いで慶長16年(1611)に「高岡城」として完成した。
その後落雷によって天守が焼失したが、文化8年(1811)に再建され、今も天守をはじめ8棟の建築が現存する。堀や石垣など、築城時の城郭をそのままの状態でとどめる、全国でも希少な史跡だ。
弘前城のある弘前公園では「弘前四大祭り」のうち三つが開かれる。なかでも人気なのがゴールデンウィークに満開を迎える桜のもとで行われる「弘前さくらまつり」だ。
堀には50種類、2600本の桜が植えられている。また弘前のりんごの剪定技術を桜に使って管理し、普通のソメイヨシノは一つの花芽から2~4輪の花をつけるところ、弘前公園では5~6輪もつく。ボリュームのある桜が特徴的だ。その景色は「日本一、われわれは世界一という認識があります」と弘前市経営戦略部理事兼広聴広報課長、佐々木公誠さんは話す。この景色を楽しみに、全国各地から200万人以上の観光客が訪れ、特に堀にかかる下乗橋と弘前城、桜のそろう景色は、観光ポスターなどにもたびたび使われる名所とされている。
市民も公園内にシートを敷いて車座になり、花見を楽しむ。観光地であると同時に、市民にとって身近で、地元を誇れる場所でもある。
その弘前城の石垣が外側に膨らむ「はらみ」という現象が生じているとわかったのは、平成12年度、15年度に行われた石垣概要診断調査だった。このままでは地震等の衝撃で石垣が崩れてしまうことがわかり、弘前市では平成19年度から基礎調査を行って、石垣の修理に向けた計画を立ててきた。
そして採用された方法は、曳屋で天守を別の場所に移動させ、石垣の修理をしてから元の場所に戻すものだった。
石垣が崩れそうであることは見た目でわかるため、市民にも「工事にご理解をいただいていました」と佐々木さんは話す。しかし、天守が元の位置に戻る予定の平成33年度までの間、弘前城と桜と下乗橋の組み合わせは見られなくなり、観光客が大幅に減るのではないかと予想された。
佐々木:
「ただ危機感を持っているだけではいけない。ピンチをチャンスにしようということで、石垣の修理という公共事業ではありますが、工事そのものを観光資源化し、工事の工程を見せるだけではなく、写真に撮りたくなるような光景にし、今の弘前でしか味わうことのできない感動体験として、曳屋に参加していただく取り組みを行いました」
昨年3月まで行われていた、兵庫県姫路市の姫路城の「平成の大修理」で、屋根修理等の様子を公開したことなどからヒントを得たそうだ。
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