観光を牽引する人々
戦後、日本の観光を牽引してきたのは間違いなく旅行会社である。当初は企業の職場旅行を手配・斡旋し、その後、パッケージツアーを企画造成し、大量の旅行者を全国各地の観光地に送客してきた。観光交通の担い手であった鉄道会社や航空会社も販売政策やキャンペーン、強大な宣伝力によって大観光地を生み出してきた。
しかし、バブルが崩壊する90年代、日本の観光を牽引する人々に変化が見られるようになった。観光地自らが観光客を呼ぶ努力をしはじめたのである。また、もともと観光地ではなかった地域でも観光客誘致を目指し、観光まちづくりに力を入れ始めたのだ。
筆者は、ここ数年、地域の食をテーマにした旅行や観光まちづくり、すなわち日本のフードツーリズムの調査・研究をしている。
70から80年代はカニ、フグ、高級魚介、ブランド牛などの高級食材の生産地を持つ観光地が、旅行会社と連携しつつ、食の観光地ブランドを築いていった。その主体となったのは、地域行政の観光課や観光協会、その料理を食する場所となる旅館組合や温泉組合などで、地域の観光事業に携わる人々だった。
B級グルメやご当地グルメの登場により、その主体が拡大していった。地域住民に愛されている、安価で美味しい庶民食の店舗集積が地域の食としての観光資源となり、推進主体は観光協会だけではなく、商工会議所、青年会議所、飲食業者組合、商店会、さらに、その食や店舗と関係のない有志の市民が中心となった市民団体やNPOが観光の表舞台に出てきた。
地域の食を買いに行く買い物ツアーや買出しドライブ、地域の食を体験する旅行も盛んになり、各地の道の駅や農産物直売所、フィッシャーマンズワーフ、観光農園などがその舞台となる。
その観光を牽引するのは、今まで観光事業とは距離を置いていた農業者、漁業者、食品加工業者などである。こう見ていくと、地域の人々の多くがいつの間にか、観光を牽引する主体となってきている。
地域の食を観光資源とするフードツーリズムの視点から言及してきたが、様々なスタイルの旅行、観光においても、同様に推進主体、つまり観光を牽引する人々の変化、拡張が見られる。今後については、豊富な旬の情報と旅行者間の評価を自由に手に入れることができるようになった、旅行経験を多く持つ、本来、客体であった旅行者自体が観光の牽引役、推進主体となっていくのかもしれない。
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