ゲストハウスから始まるもてなしのまち ゲストハウス「蔵」(長野県須坂市)

2015.03.16長野県

まちの人々の日常と静けさを味わう

雪深い須坂の冬
雪深い須坂の冬

 ゲストハウス蔵を訪れるゲストは、年間で6割が日本人、4割が外国人だ。冬は外国人が7割強になる。その外国人の8割、冬だと9割以上が「スノーモンキー」を見に行く。

 「スノーモンキー」とは、長野県山ノ内町にある「地獄谷野猿公苑」にいる猿のことだ。おりのない場所で間近に見られ、雪の中で温泉に浸かる猿もいるのが特に外国人に人気で、訪日外国人客の増加に伴い近年改めて注目を浴びている。

 山上:口コミがなくても、スノーモンキーからいちばん近いゲストハウスだということで来てくれる方が1年目から多かったのです。その後は、口コミサイトを見て決めたという人、友達の紹介で来たという人もいます。

 日本人は小布施や長野の観光に来た人のほか、駐車場があることから、登山の人、群馬との県境にある渋峠を走るバイクのライダーなども訪れる。

 共用スペースであるラウンジは、ゲスト同士の交流の場でもある。

山上:大きいゲストハウスでは、人が多すぎて交流が生まれないこともあります。でも、うちのように10人前後の宿で、ラウンジにわざわざ来てくれる人同士なら、交流がしやすいと思います。だから、必ずゲスト同士の名前や住んでいる地域を紹介して、きっかけづくりをしています。

ゲスト同士の交流の場である「ラウンジ」。冬は宿泊客の7割が外国人という
ゲスト同士の交流の場である「ラウンジ」。冬は宿泊客の7割が外国人という

 日本語を勉強するゲストには、「こういうときは“ありがとうございました”ではなくて“ありがとうございます”です」などとさりげなく教え、日本語教師としての顔を見せる。

 山上:おかえり」「ただいま」 のような言葉を知ると喜んでくださるし、次にゲストハウスに泊まるときにも使るので、教えることもありますが、全員に必ず覚えてほしいとまでは考えていません。全く日本語を覚える気のない方もたくさんいます。

 オープンしてから山上さんは、特にどこにも出かけず、読書やパソコン作業などをして、宿の中で「何もしない日」を過ごすゲストがいることに気付いた。

山上:長期にわたって旅をしていると、旅の中でも休息が必要になるんです。ここは休息するのにいいところなのだと、ゲストの姿から教えてもらいました。本を読んだりしてゆっくりしてもらえる宿。せっかく静かな須坂に来たのだから、そうやって過ごすのもいいと思います。

 蔵の建物にひかれて訪れる建築家やカメラマンも多いが、実際に来ると、寒さや音漏れなど不便なところに気付くそうだ。口コミサイトに「とてもいい体験ができたが、自分の部屋の音のように家の中のすべての音が聞こえる」と書かれ、落ち込んだこともあると山上さんは話す。しかしそのとき滞在していた日本人のゲストには「それこそがここで伝えられる日本の文化だ」と言われたそうだ。

 山上:ここには製糸家の小田切家が15年ほど前まで住んでいました。家じゅうの音が聞こえながら家族が生活する中で、気を遣うという日本の文化が生まれてきたんだと思います。気を遣うという言葉は英語にはできません。そもそも「プライバシー」という言葉自体が外来語。その言葉が入ってくるまで、日本にはプライバシーなんてなかった、という話を、こちらからゲストにしています。

女性用の相部屋
女性用の相部屋

 須坂にあるゲストハウス蔵を訪れることについて、山上さんはホームページに「日常の中で旅する楽しみ」と書く。

 山上:須坂は、他の観光客、特に外国人の観光客に会うことはまずないような、日本人が住んでいるまちです。京都や高山など観光客が多く歩くまちではなくて、須坂の人たちが住むまちの中を旅するというのもいいと思っています。
 私は2年間中国に住みましたが、帰国した後で印象深いのは栄成市での1年間です。その場所の日常が見られ、文化が残っていたからだと思います。須坂でもそれに近い経験ができるのではないかと思っています。あまり観光地になっていないところが私は好きです。

大きな蔵が残る須坂の町並み
大きな蔵が残る須坂の町並み

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