海外にも広がる事務いす耐久レースISU-1GP 仕掛け人・田原剛さんに聞く
▲2017年3月に京田辺市にて開催された大会
ISU-1GP(いす-1グランプリ)をご存じだろうか。大勢の大人が「事務いす」にまたがって商店街を2時間走り続ける。この真剣勝負のレースが今、人気を博している。1チーム3人(男女比問わず)で参加し、2時間のうちにコースを何周回ったかで順位が決まる。見た目のインパクトも大きく、現在全国各地の商店街、さらに、海外でも開催されている。ISU-1GPを運営する日本事務いすレース協会代表理事である田原剛さんに、ISU-1GPがここまで広まっている理由をおうかがいした。
始まりは高齢化した商店街
▲田原さん(左)、NPO-AMP理事長の齋藤一成さん(中)、日本ご当地キャラクター協会代表理事の荒川深冊さん(右)
ISU-1GPは、京都府京田辺市・近鉄新田辺駅の東側にある「キララ商店街」で誕生した。もともと「新田辺東商店街」という名称であったここは、当時、店主の高齢化や不景気などの問題を抱えていた。閉店する店舗が少しずつ増えはじめ、このままでは商店街が終わってしまうという危機感から、2008年、40歳前後の店主や従業員、地元の大学生らを集めてEVO&revo(エボレボ:EVOはEvolution(進化)、revoはRevorution(改革)を意味する)という組織が立ち上がった。日本事務いすレース協会の代表理事を務める田原剛さんは、この中心メンバーでもある。田原さんらは、商店街の活性化を「自ら前向きに考えて行動を起こす人たちを増やしていくこと」と定義し、キャッチコピーを「未来に誇れる商店街を目指す」とした。そして、まずは商店街の愛称を「キララ商店街」として、商店街を会場としたお祭り「キララフェスティバル」の開催、空き店舗を活用した「キララギャラリー」の開放、商店街のマスコットキャラクター「キララちゃん」の制作などにより「キララ」という言葉を浸透させていき、最終的に商店街の名称をキララ商店街へと変更した。
田原:商店街の店主の中には、「若いもんに何ができんねん」という後ろ向きな考えの方もいます。キララ商店街では、大学生がアイデアを出したイベントをすることもありますが、その一番の目的は、学生と接することで店主の意識を変えるということです。
さまざまなことに取り組んでいたキララ商店街だが、店主の意識を大きく変えたのは、こうした取り組みが新聞に取り上げられ、店を訪れたお客さんから「商店街頑張ってるね」という言葉を掛けられることだった。
田原:新聞に取り上げてもらうことでお金をかけずに商店街の人たちの意識を変えることができるんじゃないかと、意識的にメディアに取り上げてもらうよう、仕掛けていきました。
田原さんのメディア戦略は、全国、そして海外へも広がりを見せるISU-1GPの重要なポイントでもある。
▲キララ商店街のマスコットキャラクター、キララちゃん
田原:商店街の店主の中には、「若いもんに何ができんねん」という後ろ向きな考えの方もいます。キララ商店街では、大学生がアイデアを出したイベントをすることもありますが、その一番の目的は、学生と接することで店主の意識を変えるということです。
さまざまなことに取り組んでいたキララ商店街だが、店主の意識を大きく変えたのは、こうした取り組みが新聞に取り上げられ、店を訪れたお客さんから「商店街頑張ってるね」という言葉を掛けられることだった。
田原:新聞に取り上げてもらうことでお金をかけずに商店街の人たちの意識を変えることができるんじゃないかと、意識的にメディアに取り上げてもらうよう、仕掛けていきました。
田原さんのメディア戦略は、全国、そして海外へも広がりを見せるISU-1GPの重要なポイントでもある。
スポンサードリンク