日本の温泉地域の再活性化

浦達雄大阪観光大学観光学部教授

2012.09.01大分県熊本県

 2003年、政府による観光立国宣言、2008年、観光庁の発足などで、「観光による活性化」が呪文のように唱えられている。観光による地域の活性化はもちろん、中心商店街、農村、はたまた大学までが観光による活性化を意図し、現在、観光系の学科を持つ大学は40数校に及んでいる。

 日本の温泉地域が、高度経済成長期における観光の大衆化・大量化・広域化によって、大きく変貌を遂げたのは周知の事実であろう。

 広域観光の宿泊拠点となった温泉旅館の大半は、従来の湯治旅館から大規模な観光旅館を目指し、規模の拡大・デラックス化を目指したのである。その結果、別府市観海寺温泉の杉乃井ホテルのように、客室562室、2,434人収容の日本最大規模の温泉旅館が出現したのである。

 1973年の石油ショック以降、日本の旅行形態は大きく変化した。つまり、団体旅行の減少、家族やグループ客の増加傾向である。大規模旅館は、1部屋12.5畳間で5人収容を意図して、設備投資をしたが、ふたをあけると、小間客の増加で1部屋2人の収容となり、それだけでも年商は2/5にとどまることになった。

 これに対して、山の湯としての熊本県黒川温泉などは、最初から1部屋2人の客室規模であり、状況が変化しても、普段のままで小間客の対応は可能であった。入湯手形による露天風呂めぐりを導入するだけで、客室稼働率アップという経営革新が進んだのである。

 温泉地域の最大の課題は、温泉地域の疲弊である。
 温泉地域の疲弊は、温泉旅館による囲い込み戦略がルーツであり、地域にある施設(例えば、ラーメン屋、土産品店、カラオケ店など)を自館に取り込み、宿泊客を地域に出さない戦略がとられ、共存共栄の精神から離反したことが大きい。
 旅館側に言わせると、囲い込み戦略は旅館側の経営戦略であり、地域側の努力不足を指摘している。

 バブル経済崩壊後は、温泉地域の活性化が進んだ。大分県の由布院温泉が先鞭をつけて、これに黒川温泉が後追いをした。

 直近の課題は、東日本大震災を契機として一段と進んだ経営不振であろう。異業種から参入した旅館再生企業の進出もあって、温泉地域の大半は苦戦を強いられている。特に、同規模の大・中旅館は、7,800円という料金選定に対して、太刀打ちは出来ない。ターゲット(客層)を変えるか、新機軸を打ち出すか、これは極めて難しい。

 旅館は「旅の館」であり、館に「旅」が求められる。旅で大切なものは「料理」であると確信する。地産地消の食材を活用した創作料理で、1品1品を作品とした料理を提供する個宿がまず頑張ることで、温泉地域の再活性化が進展すると心から思っている。

 そのためには、情報発信が第一義であり、HPやブログなどを活用して、自館をPRしないといけない。

著者プロフィール

浦達雄

浦達雄大阪観光大学観光学部教授

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